公開された第三期工事部分の外観。奥に金シャチが輝く天守閣 (c)Takahiro Yoshida

絢爛豪華な“殿様の家”、名古屋城本丸御殿が10年にわたる復元工事を終えました。あす6月8日の一般公開を前に、その見どころを紹介します。

【写真特集】10年がかり復元終了。8日公開、絢爛豪華名古屋城・本丸御殿

天守閣と同じ国宝1号、木造ですべて復元

上洛殿の部屋。極彩色の彫刻欄間が輝きを放つ (c)Takahiro Yoshida

本丸御殿は1615(慶長20)年、徳川家康の命によって建てられました。尾張藩主の住居として、主に初代・義直が暮らしました。

名古屋城の本丸に位置し、総面積は3,100平方メートル。木造平屋建て、こけら葺きの建物3棟で構成されています。

日本の近世書院造を代表する建物で、1930年には天守閣と共に国宝第一号に指定されました。

しかし、1945年に空襲で焼失。その際、別の場所に保管していた障壁画や実測図、写真、礎石などの史料が残されていました。戦後、天守閣は鉄筋コンクリート造で再建されましたが、本丸御殿は木造で復元しようとの機運が高まりました。

2002年度に基金が設置されて、2009年1月から復元工事に着手。13年に玄関などの第一期工事が、16年に対面所などの第二期工事が終わり、一般公開されました。今回は最後まで復元作業が行われてきた「上洛殿(じょうらくでん)」などの第三期工事を含め、すべてが完成したことになります。

最上級の「上洛殿」がついにお披露目

来たら必ず見ておきたい「雪中梅竹鳥図」 (c)Takahiro Yoshida

「上洛殿」は1634年、江戸幕府の3代将軍・家光が京都に向かう際の宿所として増築されました。

本丸御殿で最も格式の高い、いわば超VIPルーム。天井には板絵、部屋の境には極彩色の彫刻欄間がはめ込まれているのが特徴です。

その中でも三の間、二の間、一の間という部屋の順に「格」が上がり、床の高さや天井の格子の模様、柱と梁の交差部分にある「釘隠し」のデザインなども違っています。それらの違いを探すことも、楽しみの一つとなるでしょう。

ふすま絵には、狩野探幽の代表作「雪中梅竹鳥図」が使われています。雪をかぶった梅の枝先に、オナガドリが飛ぶ早春の風景が描かれた水墨画で、静けさの中に力強い自然の営みを感じさせます。

日本画史上最大の画派と言われる「狩野派」の絵師により描かれたこれらの障壁画のオリジナルは1,047面に上り、すべて国の重要文化財の指定を受けています。それらをミクロン単位で観察し、当時の色彩もそのまま再現するべく、緻密な復元作業が進められました。

他にも、二期工事で公開されていた「対面所」と上洛殿を結ぶ廊下「鷺之廊下(さぎのろうか)」には、その名の通り白いサギが飛び交っています。その廊下に接する尾張上級家臣の控えの間だった「梅之間」には、赤いウメの花が咲き誇っています。木曽ヒノキを伝統工法で組み立てた柱や梁と共に、全体からディテールまで見飽きることがありません。

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