「9・11」の竹灯篭を前に黙祷する「東海豪雨を語り継ぐ集い」の参加者たち

 2000年に東海地方を中心として死者10人を出した東海豪雨による水害を「語り継ぐ集い」が9月11日、名古屋市西区のあし原公園でありました。

 西日本(2018年7月)豪雨や大阪を直撃した台風21号、北海道での震度7の地震など、災害が相次ぐ日本列島。都市型災害の先駆けとも言われる東海豪雨の関係者は、あらためて犠牲者への追悼と、悲劇を繰り返さないための防災の誓いをあらたにしていました。

名古屋の住宅地が濁流に沈む

 東海豪雨は2000年9月11日から12日にかけ、活発な前線の影響で東海地方に記録的な大雨が降り、名古屋を流れる新川が破堤するなどした水害。愛知県や三重県で死者10人、住宅の全壊31棟、床上浸水約2万3000棟、床下浸水約4万7000棟の被害をもたらしました。

 新川の破堤現場に近い名古屋市西区や西枇杷島町(現:清須市)でも住宅地が濁流に沈み、取り残された住民を消防などがボートで救出。最大6万5000人が避難所生活を余儀なくされ、水が引いた後も大量の土砂が流れ込んだ家の片付けが長期間に及びました。一方で「ボランティア元年」と呼ばれた1995年の阪神・淡路大震災の流れを受け、全国から駆け付けた災害ボランティア約2万人が活動。この地域のボランティアやNPO活動が活性化するきっかけともなりました。

 こうした経験を語り継ごうと、翌年から関係者が「集い」を開催。今年も早朝の午前6時までに約50人が集まり、慰霊碑の前に竹の灯籠で「9・11」の数字を灯して犠牲者に黙祷を捧げました。

次世代も「教訓」を意識

会場に展示された18年前の被害を記録した写真パネル

 当時、西枇杷島町在住でボランティアに奔走、現在は重症児デイサービス「ふれ愛名古屋」を運営する鈴木由夫さんは、「先日の北海道の地震でも停電で子どもたちの人工呼吸器が動かなくなるという連絡が入って対応した。多様化する災害に臨機応変に対処し、復興するためにも、数万人のボランティアが活動した東海豪雨の貴重な経験を語り継いでいきたい」とあいさつ。

 鈴木さんの法人の関連施設で、2年前に西区内に開設した重症児デイサービス「MIKI」の看護師、上野多加子さんは「寝たきりの子どもたちが多い施設で、各地の災害は他人事ではない。水害の訓練もしているけれど、被災時にスタッフだけで大丈夫なのか不安もある。地域と協力して子どもたちを守っていきたい」と話しました。

 上野さんは18年前は県外の中学生で、東海豪雨の経験は伝え聞くしかないそうですが、地域防災の大切さなどの教訓をしっかりと受け止めているようでした。

 会場の公園は1週間前に名古屋にも影響した台風21号による強風で、木の枝が何本も折れて散乱していました。18年前より集中豪雨の頻度は増し、地球温暖化によって台風はますます強大化するとの予測もあります。災害リスクは避けられません。

 東海豪雨の大きな爪あとの残った街には、水仙の花が咲いて被災者を癒やしたそうです。「集い」では水仙の球根を植えるのが恒例となっています。この日も公園の一角に用意された数十個の球根を、参加者が一つひとつ丁寧に植えていきました。最後に、地元の住民で胡弓演奏家の石田音人(ねひと)さんが復興を願って作詞作曲した「水仙〜風に光る花」を全員で合唱しました。

(関口威人/Newdra)