万引きや窃盗、殺人など日々事件が起きています。大きな事件や特異な事件はニュースで取り上げられますが、「犯人を逮捕した」という書き方はしません。その代わりに「○○容疑者を○○の疑いで逮捕した」という、多少まどろっこしい表現が記事中に出てきます。なぜなのでしょうか?

 「容疑者」というのは、容疑がかけられている人のことで、罪を犯した「疑い」がある人を指しています。つまり、逮捕された時点では、罪が確定していないのです。「この人物が十分に怪しいぞ」と逮捕するのは警察の仕事ですが、逮捕された人が罪を犯したかどうかを判断するのは裁判所の仕事です。

 罪が確定していないわけですから、逮捕されて裁判にかけられるまでは「容疑者」という呼称を付けるのです。少年事件の場合は、少し違っていて、容疑者という呼称を付けず、単に「アルバイト少年(15)」と職業と年齢で書くことになっています。

 では、裁判が終わるまでずっと「容疑者」のままかというと違います。裁判にかけられている間は「○○被告」という呼称に変わります。裁判が終わり、刑に服している間は「○○受刑者」になります。

 「推定無罪」という考え方があります。ニュースで大々的に事件が報じられると、「こいつが犯人に違いない!」というイメージで受け止めがちになりますが、法律では「被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない」(刑事訴訟法336条)と定めています。感情とは別に、あくまで裁判が終わるまでは罪は確定せず、その裁判でも十分に罪が証明できなければ「無罪」の判決をくださならければなりません。

 「容疑者」という呼称が付くようになったのは、ここ30年くらいの話です。それより前は新聞やテレビでは呼び捨てで呼ばれ、さらに「前科○○犯」と刑期を終えてもなお、犯した罪に触れられるのが普通でした。それから比較すると、人権保護の観点からは、ニュースの書き方は少し進歩していると言えます。

 しかし、「容疑者」という呼称がすべてを解決できるわけではありません。逮捕されたときにニュースで名前が出てしまって犯人扱いされたのに、裁判では無罪だったということもあるからです。職場を追われ、周囲からは白い目で見られる。犯人扱いされてしまった人の心の傷は癒えません。

 このため、事件報道については、実名で報じるのではなく、匿名で報じるべきだという考えも根強くあります(浅野健一『犯罪報道の犯罪』)。