G8サミット(主要国首脳会議)のG8はGroup of Eight の略称。日本を含む8カ国が議長国を持ち回りで担当し、毎年開かれる会合での議題は、世界経済から地球温暖化、テロ対策、エネルギー問題など多岐にわたります。その合意は、世界が進む方向性に大きな影響力をもちます。

70年代後半に始まったG7サミット

 G8の前身、G7の誕生は、1975年にさかのぼります。その前年からの石油危機の影響で世界経済が悪化するなか、「首脳同士の自由な意見交換を」というフランス政府の呼びかけで、日本、アメリカ、イギリス、当時の西ドイツ、イタリアの6カ国の首脳が、パリ郊外の古城に参集。各国が協力してインフレを抑制し、為替相場の乱高下を防止することで合意しました。これに翌1976年にカナダが、77年に欧州委員会委員長(議長権なし)が参加し、G7サミットが生まれたのです。

 当初、G7は西側先進国の集まりでしたが、1991年からサミットの枠外でロシアとも協議を始めました。1989年の冷戦終結後、急激な市場経済化によってロシアは経済的な混乱に陥っていました。「ロシアが混乱すれば核技術の流出が進む」と懸念されるなか、アメリカのクリントン大統領は、かつての「敵」との協力を模索し、サミットにロシアを迎え入れることに尽力。その結果、ロシアは1997年に正式メンバーとなり、G7はG8になったのです。

リーマンショック後にG20が誕生

世界全体のGDPに占める比率

 G8各国首脳には、「シェルパ」と呼ばれる補佐役がいます。シェルパとは、もともとサミット(頂上)を目指す登山者の案内人のこと。シェルパ同士が緊密に連絡を取り合い、事前の調整が柔軟に行なわれます。さらに、首脳会議の前には外相会議、蔵相会議が行なわれ、議論の方向性が大筋で確認されます。これら入念な準備に基づき、G8は実効性ある議論を目指してきたのです。

 ただし、G8の影響力は低下気味。その大きな理由は、新興国の急速な成長で、G8の経済力が相対的に小さくなったことです。2008年9月に発生したリーマンショックと、その後の金融危機に主要先進国だけで対応しきれないなか、同年11月にG8メンバーに中国、サウジアラビア、インド、メキシコといった新興国を加えた19カ国とEU(ヨーロッパ連合)が「金融・世界経済に関する首脳会合」を開催。世界金融危機に対応するための各国の協力を確認しました。それ以来、この会合は毎年開かれるようになり、G20と呼ばれます。

G8とG20の抱える課題とは

 G20の合計GDPは、世界全体の約80パーセント。その合意がもつインパクトは、G8以上です。ただし、数が多いことに加えて、アメリカの国際政治学者イアン・ブレーマーが「仲の悪い家族」と表現したように、G20内部では日本と中国、韓国の関係悪化に代表される個々の対立関係が複雑で、G8と比べて実効性ある意思決定が困難です。一方、G8には長年培ってきた協力関係があります。G8にはG20での議論をリードするという、新たな役割が求められているといえるでしょう。

(国際政治学者・六辻彰二)