ガンバ大阪へ約2年ぶりに復帰する元日本代表MF宇佐美貴史が18日、大阪・万博記念公園内のクラブハウスで記者会見を行った。期限付き移籍していた、ブンデスリーガのホッフェンハイムから戦力外を通告されたのが4月下旬。その後に届いた複数の海外クラブからのオファーをあえて断り、J 2の舞台で戦っている古巣からの再出発を決めたココロは、どこにあるのか。

――午前中に行われた練習には大勢のサポーターが詰めかけ、「またここから這い上がれ貴史!」と綴られた横断幕も登場していました。

「平日の午前中なのにあれだけの方々が来てくれたことに感謝しています。あれだけ盛大に送り出してもらったのに、2年で帰ってきたことに対してはホントに申し訳なく思うし、向こうに行って得たものをサポーターの皆さんに見せたい。そうしなければ意味がない。自分のプレーで喜んでもらえれば」

――名門バイエルン・ミュンヘン、そしてホッフェンハイムでの2年間を振り返ってみると。

「自分の長所は通用したと思いますけど、調子にムラがあった。毎試合いいプレーができるようにならないと。いろいろな経験をしましたけど、その中で一番大きかったのは、ものすごく苦しい2年間だったこと。大きな挫折をしたと思っていますし、その意味ではこの悔しさを次に生かさないと意味がない。自分を奮い立たせる材料としては十分すぎるほどの悔しい経験をしたので、ここから頑張っていい選手になっていきたい。どこをどう伸ばすというよりも、すべてをレベルアップさせていきたい」

――海外の選択肢もあった中で、なぜこのタイミングで日本に帰ってきたのでしょうか。

「ヨーロッパという選択肢も、もちろんありました。ヨーロッパでもう1年やる方がいいのか、ガンバに戻って力を蓄え直す方がいいのかですごく悩みました。ただ、どちらが選手としてより大きくなれるのかを考えた時に、人はそれぞれ考え方があると思いますけど、自分はガンバでもう一度やり直した方がいいという結論に達しました」

――ガンバがJ2に降格していることについては、どう思っていたのか。

「自分にとっては、日本に帰るとなったらガンバしかないと常に考えていました。J1にいようが、J2にようが、その下にいようが、自分にとってガンバはガンバ。J2への抵抗はありませんでした」

――現在はコンフェデ杯を戦っている日本代表への復帰については。昨年11月のオマーンとのW杯アジア最終予選を最後に招集されていません。

「ガンバでしっかり結果を出して、いいプレーを続けていけば、代表というものもまた見えてくると思う。ヨーロッパでやろうが、ガンバでやろうが、結果を出している選手がいいチームに行けると思うし、いいサッカー選手にもなれると思っているので。とにかく、今は結果を出すことが大事かなと」

――ガンバにおいては、具体的にはどのような結果を。

「具体的なゴールの数は定めないでおきたい。ただ、自分は攻撃的な選手だし、ゴールを作り出すところが自分のプレースタイルでもある。そういうところをより多く出して、チームに貢献していければ。点を執るためには試合に出ないといけないし、試合に出るためには練習からしっかりとやらないといけない。そういうところをしっかりと自覚しないと。日本にいた時から練習こそが一番大事と思っていましたけど、向こうで悔しい思いをして、練習をしっかりやりたいという気持ちがさらに強くなった。練習でできない選手は、試合でも何もできないので」

――今シーズンから指揮を執っている長谷川健太監督の印象は。

「自分の印象というより、自分がどのような印象をもたれるかが大事。練習でゼロからアピールして、戦力として考えてもらえるように頑張っていきたい」

――ガンバ自体の雰囲気は2年前と変わっていましたか。

「ジュニアユース、ユースの時代を含めて常に上の人ばかりがいたので、後輩がいるガンバは初めてなんです。クラブハウスで下の世代から敬語でしゃべられた時は、新鮮な気持ちだったけど、でも帰ってきてそんなに変化とか違和感というものはありません」

 規則により選手登録は7月19日以降となる。復帰戦はヴィッセル神戸をホームの万博競技場に迎える20日の首位攻防戦になる見込みだ。リーガ・エスパニョーラのマジョルカから期限付き移籍していた元日本代表MF家長昭博の契約延長が難しいと判断したガンバは、シーズンが終了する5月下旬に宇佐美に復帰を打診。ブンデスリーガからJ1ではなくJ2でプレーすることを決めた宇佐美の心境を、ガンバの梶居勝志強化本部長はこう慮る。

「向こうでの2年間の下積みで得たものをさらにパワーアップさせるためのリセットですね。まだ21歳ですから」

 自ら選んだ背番号は39。理由を聞かれた宇佐美は、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

「3が僕のラッキーナンバーで、33を狙っていたんですけど。空いていなかったので、33以降で探して39が近いかなと。自分でもよく分からないんですけど」

 稲本潤一や宮本恒靖らのW杯代表を生みだしてきたガンバの育成組織において、「最高傑作」なる異名を取った男は2年連続の戦力外通告というサッカー人生で最大の挫折を乗り越えるため、自身の原点に戻ってチャレンジを始める。
(文責・藤江直人/論スポ)

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