特定秘密保護法案をめぐる議論では、国家安全保障会議(日本版NSC)の機能充実には不可欠という見方がある一方、国民の「知る権利」が侵害される恐れがあることを懸念する意見もあります。この「知る権利」は守らなければいければいけない権利なのでしょうか。もし「知る権利」がなかったら、どんな社会になるのでしょうか。

あいまいな「特定秘密」の基準

[図解]「知る権利」は民主主義政治の大前提

 特定秘密保護法案では、「防衛」「外交」「スパイ活動防止」「テロ活動防止」の4分野のうち、国が「特に隠す必要性」があると考えた情報を「特定秘密」に指定し、それを漏らしたり不正に入手した人を厳罰にする、としています。しかし、「特定秘密」の基準や範囲がわかりにくく、どんな情報を秘密にするのかがあいまいだとの批判もあります。国の都合で何でも「特定秘密」に指定できる上、報道・取材の自由も制限されてしまう恐れがあるからです。そうなると、国民の「知る権利」が侵害されてしまいます。

 もし「知る権利」がなかったらどんな社会になるのでしょうか。

日本が戦争に突き進んだ一因とも

 わかりやすいのは戦前・戦中の日本の状況です。日本が戦争に突き進んだのは、当時の政府や軍部が情報統制を行い、国民の判断材料を奪ったのが一因ともいわれています。特に戦時体制下では、改正された「軍機保護法」などによって徹底的に情報統制が行われました。「知る権利」という言葉は、第2次世界大戦末期に米AP通信社とのケント・クーパー氏が講演で使ったのが最初といわれますが、その後、ナチスによる言論弾圧が戦争拡大の一因になったとの反省から世界で広く使われるようになった考えなのです。

 民主主義における政治は、国民の意思にもとづいて行われ、選挙を通じて政治に参加する仕組みになっています。そのときに大前提になるのが、投票の判断材料となる情報を自由に入手できること。簡単にいえば、これが「知る権利」です。政府が自分にとって都合の悪い情報を隠すと、国民は正しい判断ができない恐れが出てきます。だから、「知る権利」は認められるべきで、民主主義社会では国民が真実を知るために不可欠の権利とされているのです。