地裁が高裁と相反する決定

[図解] 諫早湾干拓の開門をめぐる対立

 開門すべきか否かーー諫早湾干拓(長崎県)の潮受け堤防排水門の開門をめぐって、事態が混迷しています。

 長崎地裁は11月12日、干拓地の営農者らが開門差し止めを国に求めた仮処分申し立てを受け、国に「開門をしてはならない」と命じる決定を出しました。これは2010年の福岡高裁の確定判決とは相反する司法判断です。福岡高裁の判決は、5年間開門して調査を行うことを国に命じるものでした。その開門調査を行う期限は今年12月20日の予定です。なぜ、ここまでこじれてしまったのでしょうか。

 諫早湾干拓事業は、太平洋戦争後の食糧難を背景に1952年、諫早湾を堤防で閉め切って農地にしようという、長崎大干拓構想から始まりました。これに高潮対策などの防災目的も加え、実際に着工が始まったのは、1989年のことです。

 しかし工事が始まると、堤防外側の有明海に異変が生じ、海苔が不作になったことなどを訴え、沿岸漁業者らが工事差し止めを求めて提訴し、一時は工事が中断することもありました。紆余曲折を経ながらも、2007年には諫早湾の中に農地が完成、現在では670ヘクタールの農地で約40の営農者がジャガイモやタマネギを栽培しています。

堤防閉め切ると漁業被害

 しかし、完成した翌年の2008年、佐賀地裁が堤防を閉め切ったことと漁業被害の因果関係を認め、国に開門を命じる判決を言い渡しました。そして2010年12月、福岡高裁判決も5年間の開門調査を国に命じたのです。

 当時の菅直人首相はこの判決に対して上告(上級の裁判所に対し、判決の取り消しや変更を求める申立て)をしなかったため、福岡高裁の判決は確定しました。この菅元首相の判断によって地元住民を説得する機会が失われたという指摘もあります。

 現在、主な対立の構図は、開門を主張する佐賀県の漁業関係者と、開門に反対する長崎県の営農者という形になっています。

 佐賀県は、堤防閉め切りによって潮流の変化、底質の悪化(細粒化)、赤潮の多発、貧酸素水塊の発生など、海の環境が悪化し、有明海特有の貝類などの漁獲量が大幅に減少する深刻な状況が続いているとしています。そのため同県は、堤防排水門を長期にわたって開門し、有明海の異変と干拓事業の関係を解明して有効な対策を打ち出すよう主張しています。

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