「僕はずっと富山の子供たちのためにと思ってやってきた。それが間違いじゃなかったと示してくれた」

 富山第一高校の長峰俊之部長は感慨深そうにそう決勝を振り返った。長峰部長は富山第一の前監督。実に36年の長きにわたって同校の指導にあたり、北信越を代表する強豪校に育て上げた功労者だ。今年度限りで定年を迎えるが、昨年度から監督職をコーチだった大塚一朗氏(現監督)に譲り、自身はサポート役に徹してきた。

 「大塚さんは良い兄貴のような感じ。長峰先生? 怖いっす」と選手の口から漏れるように、ギラリと睨みを利かせるポジションにあった。今大会は2回戦の市立浦和戦のハーフタイムで選手の怠慢プレーに激昂した大塚監督を諫止するなど、若い指揮官を支える老練な参謀としても奮闘した。

■雪国のオフを短くする 地元の子供を育てる

 富山第一の方針は地元の子供を育てるということで「長峰政権」時代から一貫している。寮を作らないのもポリシーあってのことだ。1998年には同じ北信越の指導者らと中日本スーパーリーグ創設に尽力。「雪国のオフシーズンを短くする」ことを一つの理念に掲げ、関西、東海地方の指導者も巻き込む形で10チームによる総当たり戦を実施した。

 この試みは現在、地域的には広く関東に至るまで、さらにJクラブのユースチームも参加するようになった「ジャパンユーススーパーリーグ」と名前を変え、今日にまでつながっている。このリーグ創設に尽力した指導者の一人が、この決勝の対戦相手ともなった星稜・河崎護監督であったことは、また感慨深かったかもしれない。

■Jクラブのスカウト合戦の舞台に

 富山県は近年Jクラブのユースチームによるスカウト合戦の舞台となっており、有力選手が次々と県境を越えて旅立つようになった。今年の中学3年生でも、「目玉」と言うべきスター候補はJクラブに引き抜かれて地元を後にする。県の指導者には忸怩たる思いもあるのだろう。大塚監督は優勝後の会見で富山第一が地元の選手ばかりで構成されたチームであることを強調しつつ、Jクラブの引き抜き合戦が横行している現状への憂慮を述べていた。

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