児童養護施設に関する表現をめぐって「差別を助長する」との指摘があったドラマ「明日、ママがいない」について、番組の全スポンサーがCM放送を見合わせる事態となりました。ドラマの内容や表現については、賛否両論がありますが、今回の一連の騒動はテレビ局が持つ複雑な利害関係をよくあらわしています。メディアのあり方を考える上で非常に参考になる事例といえるでしょう。

野島氏監修の「明日ママ」 可視化された批判の声

 テレビ局のビジネス・モデルは一般的な企業と比べると利害関係が複雑です。テレビ局は視聴者に対してコンテンツを提供していますが、視聴者からはお金を取っていません。お金はすべて、CMを流すスポンサー企業から徴収しています。このため、お金を払っているスポンサーの影響力は非常に強く、今回のように番組への批判がスポンサーにとって不利益だと判断されれば、スポンサーは番組を降りてしまい、テレビ局は経営ができなくなります。

 一方でスポンサーの意向ばかり尊重した番組を作っていると今度は視聴者がソッポを向いてしまいます。そうなると視聴率が下がってしまい、結果的にスポンサーから高い広告料金を取ることができなくなります。このため視聴者の意向もないがしろにはできません。

 さらにいえば、テレビ局にはドラマやバラエティ番組の出演者を派遣してもらっている芸能事務所との利害関係も発生します。場合によっては抗議が来ていて、スポンサーも降りた状態であるにも関わらず、芸能事務所との契約上の問題から、収益を生まない番組が継続するという状況は容易に発生します。

 テレビ局は、誰の利害を最優先するのかで常に板挟みになっており、テレビにまつわる諸問題の多くが、こうした利益相反が起こりやすい収益構造に起因しています。

 しかし何と言っても日本におけるテレビの問題を複雑にしているのは、テレビが政府の規制による事実上の独占事業であるという点です。本来、無数の事業者が参加できるはずの電波を特定の事業者にだけに格安の料金で提供しているわけですから、国民は間接的にテレビ局の事業に対して税負担をしていることと同じになります。このためテレビ局側は「嫌なら見なければよいだろう」という対応を取ることができません。しかしながら、すべての視聴者が満足するようなコンテンツを作るのは、価値観が多様化している現在ではほぼ不可能なことになりつつあります。どんな番組を作っても、必ず一定数の人が内容に疑問を持つという状況に陥りやすいのです。