[画像]4月27日、反原発デモで道路を占拠した市民を強制排除する警官隊(地元紙「アップルデイリー」より)

中国との「両岸サービス業貿易協議」(以下、サービス協議)に反対して立法院(国会に相当)の議場を占拠していた学生らが、議場内から撤退して約1カ月が経過した。しかし、撤退直後から、警察署の包囲、大規模な反原発運動など、デモや騒動がたびたび発生している。なぜ、いま台湾で政府や与党に対する抗議デモが、これほど頻発しているのだろうか。

[画像]4月24日頃、台北ビッグドーム建設予定地周辺の街路樹伐採に反対し、木の上で抗議する市民(地元紙「アップルデイリー」より)

■馬総統の“9%”と審議“30秒”の代償

学生が国会を占拠し、それを多くの市民が支援するという前代未聞の騒動が発生した背景には、馬英九総統の著しいまでの「支持率低下」がある。馬英九政権は、2期目の総統選後に発生した軍人の死亡事件、中国寄りメディアの寡占化に対する市民の不満、さらに中国との「サービス協議」批准手続きに積極的ではなかった王金平・立法院長から党籍を剥奪しようとした政争などによって支持率を下げ、「馬英9」と揶揄されるように、史上最低の9%台にまで低下した。この「サービス協議」は、2013年6月に中国での調印を経て、2014年3月より台湾国内で同意を得る審議が立法院で行われていたが、台湾議会の与党・国民党は「時間切れ」を理由に、審議を30秒で一方的に打ち切って強行採決に踏み切る。これが“引き金”となり、学生たちの24日間におよぶ立法院占拠(通称:ひまわり学生運動)が始まった。

[画像]4月27日、反原発デモで台北駅前の道路を占拠する台湾の市民(地元紙「アップルデイリー」より)

■議場占拠と撤退、その後も続く混乱

議場内を占拠した学生らは、協議の撤回と、審議内容を監督する法律の成立を先に行うよう政府・与党に要求したが、その後も譲歩の姿勢を見せないことから、総統府周辺で大規模な抗議集会を開催し、参加者は主催者発表で50万人以上となった。その後、立法院長の王氏が「協議を監督する法律が成立するまで、与野党協議は招集しない」と宣言したことを受けて学生らは議場を撤退し、「ひまわり学生運動」は幕を閉じた。しかし、撤退の翌日以降、デモ活動は連日のように発生している。

  • 市民活動家らを強制排除した警察への抗議、警察署の包囲騒動(4月11日)
  • 建設現場周辺の街路樹伐採に激怒した市民らが木に登って抗議した騒動(4月23日〜)
  • 「第4原発」の廃止を求めて台北駅近くの道路を占拠した反原発デモ(4月27日)

といった具合である。これらの騒動は、いずれも学生らの議場撤退から、ひと月も空かないうちに発生している。

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