[写真]9月18日にスコットランドで行われる独立住民投票。結果はどうなる?(ロイター/アフロ)

 イラクやウクライナの内戦による国家分裂の危機に注目が集まるなか、平和的手段で国家分裂の危機に直面しているのがイギリスです。イギリスではスコットランド独立をめぐる住民投票が9月18日に実施されますが、最新の世論調査では独立賛成と反対がほぼ互角となっています。

1707年にイングランドと合同

[地図]イギリスを構成する4つの地域

 なぜスコットランドで独立を求める声が高まっているのか理解するために、歴史的な背景を見てみましょう。かつてスコットランドは独立国でした。それがイングランドと合同してイギリスを形成したのは、300年ほど前の1707年のことです。スコットランドがイングランドと合同した1つの理由として経済的な利益があります。当時、イングランドは世界中で植民地を拡大して広大な帝国を形成しつつあったので、スコットランドではイングランドとの合同は大きな経済的な利益をもたらす、という期待があったのです。

 実際、イギリスの植民地の内外で多くのスコットランド人が活躍することになりました。ちなみに、長崎のグラバー園で有名な幕末の武器商人グラバーもスコットランド出身です。

経済的利益が「独立」封じ込めてきたが

 大英帝国の利益はほぼ300年にわたって独立を求める動きを封じ込めました。植民地がもたらす利益を享受していたスコットランド人にとって、イギリスからの独立は考えられなかったのです。

 しかし、第二次世界大戦以降、イギリスが植民地を失うとともに変化が見られました。植民地独立がピークに達した1960年代に、独立を目ざすスコットランド国民党が急速に勢力を拡大したのです。また、60年代から70年代にかけて経済的な変化もありました。スコットランドに近接する北海油田が操業を開始したのです。大英帝国の利益がなくなる一方、北海油田の収益でスコットランドは独立しても経済的に自立可能である、という主張が説得力を持つようになりました。

 1980年代のサッチャー政権の新自由主義的改革も独立を求める動きを後押ししました。サッチャー政権の改革で主要産業が衰退したことで反発が強まり、スコットランドでは保守党がほとんど議席をとれなくなりました。それにもかかわらずサッチャー政権が継続したことから、スコットランドでは独立しない限り自分たちが望まない政策を押しつけられるという見方が強くなったのです。ちなみに、そうした状況は、現在でもイギリスの中央政府が保守党中心の連立政権となっていることで継続しています。

 その後、一定の自治権を持つスコットランド議会が設立されましたが、独立を掲げるスコットランド国民党が2011年にスコットランド議会の多数派となり、独立の是非を問う住民投票が実施されることになったわけです。

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