日本人ただ一人の参戦 室屋義秀(写真提供・Taro Imahara / Red Bull Content Pool)

 空のF1と呼ばれているレッドブルエアレースが16、17日、日本に初上陸、千葉・幕張海岸の特別コースで行われるが、日本人パイロットとして、ただ一人参戦するのが室屋義秀(42)だ。

 中央大時代に航空機部に所属、グライダーをスタートに空の魅力にとりつかれ、単身米国で航空免許を取得、アクロバット飛行の世界に足を踏み入れ、レッドブルエアレースから勧誘を受けて、09年以来本格参戦している。これまでの最高成績は、昨年のクロアチア大会での3位。時速は350キロを超え、F1ドライバーのおよそ倍となる「10」まで上がるGフォースの負荷に耐えながら操縦する究極のモータースポーツに挑むパイロットに、その未知の世界についての話を聞いた。

5月に千葉で開催、空のF1「レッドブル エアレース」とは?

――空に魅力を覚えたのは「機動戦士ガンダム」のアムロ・レイがきっかけだったとか?
「物心がついたときから空への憧れがありました。小学生の頃のガンダムから始まって、中学では映画の「トップガン」。高校時代はサッカー部でしたが、練習していたら、青空をメッセージをつないだ飛行機が飛んでいたりしました。大学時代には、宮崎アニメの「紅の豚」が流行しました(笑)。数年に一度、そういう飛行機もののブームに触発され、その度に『空を飛びたい』という思いが出てきたのです」

――中央大で航空部に入ってグライダーに乗ったことがパイロットへの第1歩と聞いています。
「航空部に入ることが進学の目的の半分くらいを占めていたんですが、実は、関東に20校以上、航空部のある大学があるんですよ。中央大へ進んだのは、他が受からなかっただけ(笑)」

――大学2年の終わり頃に、米国でバイトでためた100万円を持って飛行機免許を取得されたんですよね。卒業後、再び米国へ渡って、アクロバット飛行の競技であるエアロバテックスへの挑戦を目指されます。
「思いだけでしたね。本当に飛行機が好きだから。大学を卒業する際に選択肢がいくつかある中で就職したほうが楽なんですが、ちょうどバブルが崩壊した時期で、就職先がなくなっていました。内定すら出ない氷河期です。パイロットの採用も毎年、100人くらいあったのですが、どこの会社も打ち切っていました。結局、就職活動もしませんでした(笑)。そのときは絶望なんですが、今考えると、それはラッキーな状況で、強制的に自分がこの道へ進むきっかけにはなったんです。自分が何をしたくて、どう生きていきたいのか。それだけを強く思っていると、たいてい、叶ってくるとは思います」

――夢や憧れを実現するのは、そう簡単ではありません。
「でも、プロとして食えるようになったのは、ここ5、6年です。それこそ、レッドブルの支援があってスポンサーを決めていただき、エアレースに参加するようになってからです。それまでは、ひどいものでした。コンビニバイトはしていませんが、生活をするために航空関係の仕事だけでなく、いろんなことをしていました。スポンサーさんへの営業もしなくてはなりません。何もお金がほしいわけでなく、飛ぶための最低限のランニング費用が必要なんです。今はラッキーなことにスポンサーに恵まれていますが、モータースポーツの世界は簡単ではありません」

――今回、幕張で勝負するために新しいマシンを購入されましたが高額なんでしょうね?
「ベーシックな機体で5000万円。そこから改造を加えましたから、なんだかんだで億近くにはなります」