[写真]「雨上がり決死隊」の宮迫博之さん

 芸人、タレント、司会者、役者、歌手と幅広く活動するお笑いコンビ「雨上がり決死隊」の宮迫博之さん(45)。広大なフィールドを駆け回る宮迫さんの起点となったのは、ある女性マネジャーとの出会いでした。「マネジャーが配置換えになりかけた時には、吉本興業の社長に土下座して引き留めた」と“恩人”への思いを語りました。

【連載】私の恩人

 恩人かぁ…。恩人、ホンマにたくさんいますからね。もちろん、お笑いの先輩方にはムチャクチャお世話になってるんですけど、そこは言わずもがなとすると…、小池というマネジャーがいましてね。

 今から17~18年前、東京に出てきたものの、仕事も全然なかった。とにかく、どうしようもない時期でした。そんな中、初めて「雨上がり決死隊」専属の担当としてついたのが小池という女の子やったんです。

 のちに“吉本一の美人マネジャー”という肩書もつくくらい、本当にかわいらしい子で、最初、僕らについた頃はどこのテレビ局に行っても、「逆や」と思われてましたもん。小池がタレントで、僕らがマネジャーやと(笑)。

 その子がお芝居関係に詳しい子で、やれ、どの監督がいいとか、どの作品にどんな意味があるだとか、いろいろと話を持ってきてくれたんです。当時、僕は何よりお笑いのバラエティーにたくさん出たいと思っていた時期なんで、話を持ってきても「今、そんなことやってる場合ちゃうねん」と。ただ、それでも、実に粘り強く「この監督はこういう賞をとってらして、今後、絶対に大成する人です。この作品を宮迫さんがやったことは近い将来大きな意味を持つようになります」などとすごく熱心に言い続けてくれて。そこから、演技のお仕事もするようになっていったんです。

 2000年、野田秀樹さんの舞台「NODAMAP カノン」に出していただいた時も、ちょうど「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」(日本テレビ系)とか、いろいろなバラエティー番組に出られるようになってきたところだったので、小池とかなりぶつかりました。ただ、今から思うと、だいぶ年上の僕をよく説得してくれたと思います。

 実際、お笑いコンビ「雨上がり決死隊」宮迫という名前よりも、ドラマなどで宮迫博之という名前を知ってもらった人がたくさんいらっしゃいましたし、確実に、演技の仕事はターニングポイントになりました。