サポーターの落胆も相当なものだろう(写真:FAR EAST PRESS/アフロ)

 Jリーグには「オリジナル10」と呼ばれるクラブがある。産声をあげた1993年シーズンに名前を連ねた10クラブで、そのうち一度もJ2に降格したことのないクラブは4を数える。
 24年目となる来シーズンへ目を向ければ、鹿島アントラーズと横浜F・マリノスの残留がすでに決定。名古屋グランパスも王手をかけている一方で、絶望的な状況に追い込まれているのが清水エスパルスだ。

 年間総合順位で最下位に沈む清水は、17日の次節でベガルタ仙台に敗れると、残り3試合に全勝しても勝ち点が30にしか達しない。その場合、勝ち点30で残留圏の15位につけるアルビレックス新潟が勝利もしくは引き分ければ、J2降格となる16位以下が確定する。

 リーグ制覇こそないものの、日本有数のサッカーどころをホームタウンとし、7人のW杯代表を輩出してきた名門はなぜ未曾有の危機に陥ってしまったのか。

 清水は昨シーズンも不振にあえいだ。最終節でヴァンフォーレ甲府と引き分けて、大宮アルディージャに勝ち点1差の15位で辛うじてJ1残留を決めている。

 シーズンを折り返した直後の昨年7月30日に、清水は指揮を執って3年半になるアフシン・ゴトビ監督を解任。クラブのレジェンドである大榎克己氏を、ユース監督から昇格させた。

 当時の順位は6勝3分け8敗の12位。精彩を欠くチーム状態以上に、ゴトビ監督が「いまの編成では自分のサッカーを体現できない。新しい選手を獲得してほしい」と要望した点をフロントは問題視。現状のままでは清水の将来に損失をもたらたす、と判断されたことが解任理由だった。
 清水には「ポスト・ゴトビ」は清水東高出身のOB大榎氏で、という暗黙の了解があった。トップチームを率いた経験がない点に対しては慎重論もあったが、代行監督やワンポイントをはさむよりも、切り札をなるべく早く船出させたいという意見が最後は大勢を占めた。

 しかし、刷新されたはずのチームはさらに失速する。4連敗を含む7戦連続勝ちなしを記録するなど、一時は降格圏の17位にまで低迷する。後半戦の結果は4勝3分け10敗とゴトビ体制下よりも悪化。特に深刻だったのが24から36に増えた失点だった。

 大榎監督にも情状酌量の余地はあった。シーズン途中での緊急登板で準備期間は皆無。さらにゴトビ監督が試合で使わない選手、そりが合わない選手を次々と放出してきた結果、チームは精神的に抑圧され、ベテランと経験不足の若手が多い歪な編成になっていた。
 こうした状況と首の皮一枚で残留を決めた安堵感が、大榎体制に対する危機感を覆い隠してしまった感は拭えない。神経が痺れる残留争いを経験したことと、開幕前のキャンプからしっかりと戦術の浸透を図れることの相乗効果で、チームは右肩上がりに転じるではという淡い期待もあった。

 本来ならば守備陣を中心にテコ入れを図るべきだった、オフの移籍市場でも後手を踏んだ。
母体となる責任企業をもたない市民クラブの清水は、経営の効率化とスリム化を避けて通れない宿命を抱えていた。ゆえに昨シーズンの主力だったFWノヴァコヴィッチ(現名古屋グランパス)とFW高木俊幸(現浦和レッズ)、DF吉田豊(現サガン鳥栖)との契約更新を断念せざるを得なかった。

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