在日米軍の駐留にかかる経費で、日本側が負担している「思いやり予算」をめぐり、日米の交渉が難航している。そもそもこの「思いやり予算」とは、何か。

(写真:ロイター/アフロ)

 米軍が日本の基地に駐留するには、基地の使用代や人件費など、さまざまな経費がかかる。そこで、1960年発効の「日米地位協定」では、日本とアメリカが米軍駐留にかかる経費をどう分担するかが明記されている。この協定では、日本は米軍用の施設や区域を提供し、かつ、その所有者・提供者への補償を負担すること。そしてアメリカは、それ以外の「日本国に合衆国軍隊を維持することに伴うすべての経費」を負担することが決められた(24条)。

 ところが1970年代に日本の物価高騰や円高ドル安が進んでいく中で、アメリカは財政的な困難に直面。日本が急激に経済成長する一方で軍事面の負担を拡大しないことに不満を持ったアメリカは、日本政府に「特別措置」を取ることを要請した。日本は要請を受け、1978年度の防衛予算から、日米地位協定で決められた以上の負担を自主的に負担することを決定。これを当時の金丸信防衛庁長官が「思いやり」と表現したことで、「思いやり予算」の名称が定着した。

「思いやり予算」の推移(防衛省資料「在日米軍駐留経費負担の推移」より)

 初年度の1978年度、日本は約2万1千人の日本人従業員の福利費として62億円を負担した。その後「思いやり予算」は増加の一途をたどり、79年度には従業員の語学手当てや住宅建設費も負担するように。87年度からは「特別協定」を締結し、在日米軍従業員の退職手当てなどの8種類の手当てを新たに負担することを取り決めた。1991年度の特別協定では給与や光熱水料の一部を負担、1996年度の特別協定では、日本の要請での在日米軍の訓練の移転に必要な経費を負担することが決まるなど、日本側が負担する範囲は拡大していき、その額は1999年度に2756億円とピークに達した。

 しかし、日本もバブル崩壊で景気が悪化し、多額の負担には国内から批判が強まっていった。2001年度の特別協定では、協定に「アメリカの節約努力」を明記。金額も年々、ゆるやかに減額されていった。民主党政権下の2011年度の特別協定では、日本側が負担する労務費や光熱水料の一部を段階的に減らしていくことも盛り込まれたが、金額としては2010年度の水準(1881億円)を5年間維持することが決まったため、2010年度から今年度まで「思いやり予算」の金額は一定水準を保ったままで、減額には向かっていない。