前阪神の藤原は「打者に向かっていけた」と満足気

 プロ野球の12球団合同トライアウトが10日、静岡の草薙球場で5200人のファンが声援を飛ばす中、投手33人、野手14人の計47人が参加して行われた。ネット裏にはNPBの12球団以外にもレッドソックス、パドレスなどメジャー3球団、独立リーグの監督らが勢ぞろい。某NPB球団のフロント幹部が、「どこの球団も左の中継ぎを欲しがっている」という事情の中、熱視線を集めたのが、参加最年長となった阪神の加藤康介(37)と、同じく阪神の藤原正典(27)の2人だった。

 トライアウトは、各投手が、打者3人ずつにゲーム形式で投げるスタイルで進んだが、加藤は前中日の藤澤拓斗(23)を131キロのストレートで見送りの三振に斬って取ると、元同僚の田上健一(28)を二塁ゴロ、前西武の林崎遼(27)を中飛と3人でピシャリ。藤原も、元広島の三家和真(22)をチェンジアップでハーフスイングさせて三振。左の藤澤を右飛、同じく左の田上をスイングアウトの三振に終わらせヒットを許さずに存在感をアピールした。バックスクリーンに掲示された最速は142キロだった。

 ヤクルトの小川淳司SDは、「特に今日、目に付いたのは藤原。私が監督時代、彼にやられた記憶が今でも鮮明に残っている」とトライアウトでは、珍しく個人名を挙げて絶賛した。日本シリーズで登録した中継ぎ左腕が久古健太郎(29)、中澤雅人(30)の2人しかいなかったヤクルトの投手台所を配慮すれば、ヤクルトがラブコールを贈るのも無理はない。他にも西武、楽天、ロッテら複数球団が藤原をリストに残した模様だ。

 藤原も、「1球、1球、これが最後だ!と、思い残すことのないように気持ちを入れて投げた。ストレートも動かすことができた。ルーキーイヤーは、何も考えていなかったので結果を出せたが、以降、マイナスなことばかりを考え、この2年、打者に向かっていく気持ちが足りなかったと思う」と晴れ晴れとした表情だった。

 2009年に立命大からドラフト2位で入団。ルーキーイヤーには、貴重な左の中継ぎとして24試合に登板し、1勝0敗、防御率3.60の成績を残した。翌年もワンポイントとして重宝されたが、2012年は、1軍登板はわずか5試合、2013年は開幕1軍をゲットしたが、制球力の安定という課題を抱えたまま、この2年間は1軍出場がなかった。球団からは育成契約でのチーム残留を打診されたが、「悩みましたが、前を向いて支配下の可能性があるところでチャレンジしよう」と決めたという。

 トライアウトでの各球団の評価は高かったが、獲得を伝える電話があるまでは、新しいユニホームが決まるわけではない。

「もしNPBが駄目ならば、スッパリと気持ちを切り替えて次の道へ進みたい。そういう覚悟で今日は来た」

 藤原は、オファーがなければ、独立リーグや韓国、台湾などで野球を続ける道は模索せずにユニホームを脱ぐ決意だという。

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