国会議員の育休発言が波紋を呼んでいます。賛成の立場や反対の立場から様々な意見が出ていますが、そもそも国会議員の報酬は、労働に対する対価として発生しているわけではないという根源的な部分については、あまり議論されていないようです。

 事の発端となったのは、自民党の宮崎謙介衆院議員が、来年2月に予定されている妻の金子恵美衆院議員の出産後、「育児休暇」を取得する意向を明らかにしたことです。記者団に対して「男性の育児参加を推進したい。1億総活躍推進のためにも頑張りたい」と語っています。

 この発言に対しては、男性の育休取得のきっかけになる、国会議員が率先して育休を取得するのはよいこと、といった声が寄せられていますが、一方では、かなり手厳しい批判も出ています。

 民主党の蓮舫議員は、国会議員は時間的自由度が高く、仕事との両立が可能であるとし、宮崎議員の育休取得について「理解できない」と批判しました。またネット上でも「育休などぜいたくだ」「現実の労働者は育休など取れない」「税金をもらっている以上、育休した分の議員歳費は返上すべきだ」といった意見が見られます。

 これに対して宮崎議員は、国会議員は本会議に出るという仕事に加えて、朝8時から部会があり、有権者からの陳情の受け付けや夜の会合など、極めて忙しく「年5日程度しか休みは取れない」と反論しています。また、議員歳費については、国庫への返納を検討したものの、公職選挙法で禁止されているので、福祉団体などに寄付するという形にしたいとも述べています。

国会議員の育休発言が波紋、議論で抜け落ちている視点とは?

 育休取得に対しては、まさに賛否両論となっているわけですが、賛成の人も、反対の人も、国会議員が、一般の会社員や公務員と同様、労働時間を提供することで給料(歳費)を得ているという点については共通認識となっているようです。

 宮崎議員も、議員の歳費を返納すべきだという批判に対して「税金で生活しているので育休はNGということであれば、公務員の皆様の育休はNGということになります」と発言していますから、労働者である公務員と、それを監督する立場である国会議員を同じ文脈で捉えていることが分かります。

 しかし、民主国家における国会議員は、国民の代表者として、国権の最高機関である国会に送り出された人たちであり、一般的な労働者とは根本的に立場が異なります。議員としての務めをどう果たすのかは、すべて議員の裁量に任されていますし、そうでなければ本当の意味で、国民の代表者になることはできません。その仕事ぶりは、次の選挙で評価される仕組みなのです。

 労働力人口が減少している現在の日本において、男性がスムーズに育休を取得できるようにすることは、必須の課題です。しかし、民主国家の根幹をなす国会議員という仕事について、時間給的な価値観で議論するのは、あまり適切ではないでしょう。

(The Capital Tribune Japan)