スポーツ科学を取り入れ遅咲きながらも覚醒した琴奨菊 2015年4月撮影(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 琴奨菊が千秋楽で豪栄道を得意のがぶり寄りから突き落とし、14勝1敗で初優勝。日本出身の力士として、2005年の初場所で優勝した栃東以来、10年ぶりとなる賜杯を手にした。

「土俵上の勝ち負けよりも、自分が決めたことをやりきるという気持ちのもと、おのずと結果が出て、本当に嬉しかったです」。優勝インタビューで人柄のわかる満面の笑顔が弾けた。
 31歳、2011年の大関昇進以来、26場所目にしての初優勝は、昭和以降で最も遅い記録だった。
 
 2005年の初場所で初土俵、その後、2007年名古屋場所で十両、2011年九州場所で大関となったが、この4年は、膝、腰、足首などの怪我などに苦しみ、満足に稽古もできず、角番は実に5回を数えた。2013年の九州場所では、大胸筋断裂の重傷を負い途中休場。先場所も8勝6敗だったが、左のすねを痛め14日目に休場した。昨年は2桁勝利は一度だけ。なかなか優勝候補に名前が挙がらず、引退まで考えたという崖っぷちの大関は、なぜ三十路を超えて覚醒したのか。

 実は、その裏には、スポーツ科学の力があった。

 昨年の夏からS級のプロ競輪選手などを指導しているグッドコンディショニングジムのオーナーでもある塩田宗廣・トレーナー(38)とタッグを組み、心機一転、徹底した肉体改造に取り組んだ。主に体幹強化にテーマを置いたトレーニングで、大型ダンプ用のタイヤに重りをつめたものを引っ張り、「ケトルベル」と言われる、やかんの形をしたダンベルを、ぶっ倒れるほどの回数、持ち上げた。カンフー映画のスター、ブルース・リーがトレーニングに使っていたことで知られる器具で、揺れることで、その反動を使い、様々な筋肉を鍛えることができる。179センチ、180キロの肉体は、外国人力士に比べて大きい方ではないが、「立会いで圧力が相手に伝わるようになった」と琴奨菊が実感するほどの劇的な効果をもたらすようになった。

 加えて今回はアスリートの世界で「ピーキング」と言われるコンディショニングの調整方法を取り入れた。フィジカル・トレーニングのピークは1月2日、続いて、技術面のピークを場所前の1月6日まで3日連続で行われた二所ノ関一門の連合稽古に合わせ、その後、疲れを抜き、1月10日の初日はベストの肉体の状態で迎えることができた。

 場所中も岩盤浴で疲労を回復させ、昨年7月に入籍した祐未夫人(29)のマッサージや栄養面でのサポートを受け15日間を乗り切った。ちなみに新妻は「アスリートフードマイスター」の資格を持っている。