市民やNPOなどの団体が震災を記録した成果は、「わすれン!」の活動とともに増えました。2015年末までに、ウェブサイトで公開されている記録の数は、日本語で公開済のものが、映像474本、写真2180枚、音声41本です。うち英語サイトに翻訳して掲載している記録は、映像155本、写真431枚、音声22本に上ります。

【連載】震災を記録するヒトの拠点

東日本大震災直後、異様な空気の中、仙台市の繁華街で撮影された1枚。(提供:3がつ11にちをわすれないためにセンター/せんだいメディアテーク、記録:齋藤高晴)

 また、2012年からは、ウェブサイトだけでなく、映像をDVD化してライブラリーに配架し、記録を紹介するフリーペーパーの発行、そして、記録を囲んで来場者と震災について対話する場づくりを記録者やNPOと一緒に開催してきました。その中の1つに、写真の記録や利活用等を協働しているNPO法人20世紀アーカイブ仙台とのイベントがあり、その中で写真の記録者に話を聞く大切さに気がついたそうです。

 多くの市民やNPOなどと一緒に「わすれン!」の活動を支えてきた北野さんは、多様かつ広範で複雑な震災の現場を記録者が見たままを記録者自身に語ってもらい、それを多くの人々とともに共有することの重要性を強調しています。

 「写真や映像にうつらないことがらがあって、私たちには、記録者に撮影時の状況や出来事について話してもらうことを通して、知る以外に方法がありません。震災を体験していない世代に伝えることを想像すると、写真や映像には映っていないことがらや、撮影者の気持ちや思いも、文章で一緒に残していく必要があります。写真や映像を複製し、ウェブ上に公開するだけならデジタルの技術により誰でも簡単にできますが、この写真を見たときに、ただそれだけを残しても、後世に伝わらないことがあることを知りました」

 ここに1枚の写真があります。東日本大震災直後、仙台市青葉区の繁華街で撮影されたシーンです。震度6強の揺れの衝撃もさめやらない中、通りで髪をカットしている様子が映っています。「何の説明もなく、この写真を見たら、どこか、のどかな印象を持たれるかもしれません。でも、この写真の撮影者によると、このとき街中はサイレンが鳴り響き、騒然としていたそうです。それでも、髪を切っているのは、突然の停電によって店内が暗くなり、美容師さんとしては、途中で放置することはできなかった。たとえ店外であっても、とにかく最後までカットしてあげたいという状況だったのではないでしょうか」

 北野さんはもう1枚、震災後、公衆電話に長い列ができている写真を例に挙げます。「説明がない状態で、写真を見たら後世の人は、震災当時、公衆電話が日常生活で頻繁に使われていたと受け取るかもしれません。しかし、写真に的確なエピソードや説明が足されることで、実際は携帯電話が主流で、公衆電話の数も少なくなっていたけれど、災害時にはつながりやすかったという事実をしっかり伝えることができます」(続く)

 (メディアプロジェクト仙台:佐藤和文)