東日本大震災から5年 宮城・南三陸町長が記者会見

 東日本大震災から5年を迎えることを受け、宮城県・南三陸町の佐藤仁町長が25日午後1時から、東京の外国特派員協会で記者会見を行った。

 同町は震災の津波で壊滅的な被害を受けたが、現在の町の復興状況などについて語った。

【中継録画】東日本大震災から5年 宮城・南三陸町長が記者会見

心から感謝を申し上げさせていただきたい

佐藤:はい。皆さんこんにちは。ただいまご紹介いただきました宮城県の南三陸町の佐藤です。本当に今日はこの場所にお招きをいただきまして、心から感謝を申し上げさせていただきたいと思います。早いですね。もう5年になります。本当にこの5年間というのがあっという間に過ぎ去った5年だったというふうに思っております。

 まず初めに、今日はこういう場所ですので、御礼を申し上げさせていただきたいのが、本当にこの震災でわれわれ、本当にマスコミの皆さんのお力で、大変われわれの後押しをしていただいたという現実がたくさんございました。震災の翌日に記者会見、第1回目の記者会見を、ちょうど夕闇迫るころに災対本部を設けた、ベイサイドアリーナっていう体育館があるんですが、そこでお話をさせていただいて、うちの町は上に気仙沼市、下に石巻市という大きい市に挟まれた、小さい1万7000の町でございましたんで、このたぶん、全てが壊滅した、津波の被害を受けたと思いましたので、このまま町が情報発信をしなければ、もうこの南三陸、埋没してしまうという危機感、非常に持ちました。

 そのときに記者会見をさせていただいて、最高責任者の私が毎日記者会見をやりますと、従いまして、マスコミの皆さんとWin-Winの関係でやっていただきたいと。われわれも出しますと。その代わり、皆さんも南三陸の情報を全国に発信をしていただきたい、世界に発信していただきたいというお話をさせていただいて、そのようにマスコミの皆さんにはやっていただきました。おかげさまをもちまして、そのマスコミの皆さんの情報発信が南三陸に物資やら、人やら、さまざまなものをこの南三陸に入っていただくことができました。これはマスコミの皆さんのお力のたまものだと思います。あらためて、感謝を申し上げます。

 それとマスコミの皆さんにもう1つ御礼したいのは、うちの町、職員もずいぶん犠牲になりました。で、避難所もたくさんできました。で、避難所各地に、うちの職員が全部張り付いておりました。従いまして、職員はもうとにかく避難をしてきた方々のお力添えにならなきゃないということもありましたし、大変忙しく仕事をした。そのときに、マスコミの皆さんにお願いしたのは、取材をですね、職員にやめてくださいと。職員は復旧の仕事に専念させていただきたい。その代わり、私が全て取材を受けたいとお話をしたんですが、当時のマスコミの皆さんは本当に節度ある取材といいますか、まさしくそういった私のお願いを聞いていただいて、職員のみんなに取材はほとんどしなかったというのがありましたんで、そこは本当にありがたかったなというふうに思っております。