今年で5年目を迎える福島第一原発事故に絡み、訴訟を起こした被災者団体の団長らが、1日午前11時から東京の外国特派員協会で記者会見した。

 出席したのは、飯館村民救済弁護団の長谷川健一団長、福島原発告訴団の武藤類子団長、ピースボートの川崎哲(あきら)共同代表の3人。

【中継録画】福島原発事故から5年、被災者団体の団長らが会見

いまでは飯舘村住民6000人の半数以上が怒りの声を上げている

震災から5年 福島原発告訴団の会見(左が武藤氏、右が長谷川氏)

長谷川:どうも皆さんこんにちは。ただいまご紹介にありましたように、私は原発被害のためのいろいろな告訴とか、そしてあとはADRとかやっている団体の代表、お2人、私と武藤さんが代表なんですけども。そして、被害者団体連絡会、通称「ひだんれん」というものを組織をしております。これは訴訟、そしてADR等に関しまして、今までそれぞれに声を上げてきたわけですけども、そこで残念なのが横のつながりが非常に少ないということが今回のこの、ひだんれんの設立のきっかけになったわけです。

 そんな中で、いろいろな声を上げる中でそれぞれの立場ですね。立場で声を上げるということでございますけど、私は今回の福島第一原発の事故の当事者です。いま私は福島県はいままでは飯舘村というところに住んでおりました。そして現在は、福島市のすぐ隣の伊達市というところの応急仮設住宅で家族と共に暮らしております。事故の前までは私のところは50頭の牛を飼い、そして8人家族、4世代の同居をしておりました。それがいまや3カ所に分断避難をしております。

 そんな中で私は現在、飯舘村民救済申立団というものの団長を代表をしております。なぜそういう結果になったかということを若干説明をさせていただきますと、これは私たちの、私のふるさと、飯舘村の人たち、今回の原発の事故に遭っているにもかかわらず、非常におとなしい、表に怒りの声を上げないということが1つの大きなきっかけになっております。われわれの村は原発の恩典はなんにもなかったにもかかわらず、あの事故によって放射能だけがやってきたわけです。そして村がひどく汚染をされ、そしていまやまだ、避難をし続けているわけです。

 そんな中で家族はバラバラにされて、仮設住宅に閉じ込められて、そして、ふるさとを見ればひどく汚染をされて、われわれがいつふるさとに戻れるのかも分からない。そして、さらにいまの汚染区域がいつ解除されるのかも分からない。そういう状況の中で非常に不安感が今、ストレスとなって表れてきております。そんな中ででも飯舘の村の人たちは非常におとなしい。おとなしいというか、我慢が強いというか、声を上げようとしない。そこで私は、あんたらこんなことでいいのかと、なぜわれわれの怒りの声を出そうとしないんだということを皆さんに働き掛けをしまして、そしてその声がだんだんだんだん大きくなりまして、いまや飯舘村は6000人ちょっとの小さな村です。その中のいまや半分を超える人たちが私に同調してくれて、そして怒りの声を上げております。