認知症の高齢者が列車にはねられた事故の賠償責任を家族が負うべきかが問われた裁判で、最高裁判所は1日、家族に責任はないとする判決を下しました。介護の現実を考えると妥当な判断といえますが、今回の判決は、年金や介護といった社会保障制度がそもそもどのような仕組みになっているのかについて考えるよいきっかけとなるでしょう。

どんな裁判だった?

(アフロ)

 2007年、愛知県で認知症の男性が1人で外出してしまい列車にはねられるという事故が発生しました。JR東海は列車に遅れが出たとして、男性の妻と長男に720万円の支払いを求めたことからこの裁判が始まっています。妻は93歳と高齢で自身も要介護1の認定を受けており、長男やその妻、妹など親族総出で介護を行っていました。しかも死亡した男性が外出したのは、目を離したほんの5~6分の出来事だったそうです。

 最高裁は、民法の扶助義務は家族相互に適用されるものであり、第三者に対する賠償責任を意味したものではないとし、家族に監督義務は生じないとの判断を下しました。介護を行うだけでも精神的・経済的負担が大きいにもかかわらず、さらに賠償責任まで負わせてしまうのでは、介護をする人がいなくなってしまいます。その意味では非常に妥当な判決といってよいでしょう。

日本の介護制度は在宅介護が基本だが……

 しかし日本の介護の現実を考えると、根本的な状況は何も変わっていません。日本の介護制度は、基本的には在宅介護という考え方がベースになっており、どうしてもそれができない人が施設に入るという仕組みになっています。このため特別養護老人ホームの数は要介護者数に比べ圧倒的に少なく、入所を希望しても3年待ちといったことはザラにあります。

 在宅介護の場合、ヘルパーなどが家で介助するということになりますが、1日中つきっきりで介助してくれるわけではありません。また夜間や休日には対応できない施設も多く、現実には家族の誰かが対応することになってしまいます。全員が同じ場所で顔を合わせて暮らす農村型の社会であれば、こうしたシステムでも何とかなりますが、現代の都市部の生活環境ではそもそも無理があるわけです。現状では徘徊老人が事故に巻き込まれるリスクが一定数存在すると考えるべきでしょう。

 しかし、施設の運営にはお金がかかります。安価に利用できる特別養護老人ホームに希望者全員が入れるようにするためには、財政面での根本的な政策転換が必要となり、現状の社会保障費では対応できません。さらに高い国民負担を受け入れてでも、こうした施設の整備を進めるべきなのか、あくまで家族が介護することを前提にするのか、もっと国民的な議論が必要です。

(The Capital Tribune Japan)