前回、紹介した池田勇人元首相を大抜擢したのは吉田茂元首相なのですが、吉田氏も失言では負けてはいません。吉田氏の首相としての通算在任期間は7年を超えていますから、どうしても問題発言をする機会も増えてしまいます。

【連載】政治家失言暴言録

失言がきっかけで解散という状況に

卓越したリーダーシップを発揮した吉田茂元首相

 吉田氏の発言でもっとも有名なのは、やはり「バカヤロー」でしょう。1953年の衆議院予算委員会において、吉田氏は社会党議員からの質問を受けて答弁していました。国際情勢に関する質問について、自身の見解はどうなのかとしつこく問われ、吉田氏は少し熱くなってしまいます。社会党議員が「総理は興奮しない方がよろしい」と吉田氏を揶揄すると、これに対して吉田氏は「無礼だろ」と返答、今度は社会党議員が「答弁できないのか君は」と言い返し、とうとうバカヤローという不規則発言になりました(発言はすぐに取り消しています)。

 今からすると、子供のケンカにも見えますが、一連のやり取りを正しく理解するためには、当時の政治状況を理解しておく必要があるでしょう。吉田氏は、終戦から米国による占領、そして国際社会への復帰という、激動の時代において、卓越したリーダーシップを発揮したカリスマ首相です。

 吉田氏の立場は、同じくカリスマ首相と呼ばれた小泉純一郎氏やあの田中角栄氏ですら到底及びません。吉田氏は当時74歳、挑発した社会党議員はまだ40代ですから吉田氏の息子くらいの年齢です。ヤンチャな議員が、父親に近い歳の、頭脳明晰なカリスマ首相を捕まえて、あえて「答弁できないのか君は」と君呼ばわりして挑発したわけです。バカヤローと返した吉田氏も社会党議員もそれほど深刻な事態になるとは考えていなかったようですが、結局は自由党(自民党の前身)内の権力闘争も重なり、失言がきっかけで解散という状況まで突き進んでしまいます。

「曲学阿世の徒」

 吉田氏はこのほか、暴言といえば暴言、名言といえば名言という発言をいくつも行っています。「曲学阿世の徒」という言葉もそのひとつでしょう。

 日本の国際社会復帰に際し、米国などとの単独講和を進める政府に対して、一部からは旧ソ連を含めた全面講和を行うべきという意見も出ていました。強行に全面講和を主張する当時の東大総長に対して吉田氏は苛立ち「曲学阿世の徒」と批判しました。曲学阿世の徒とは、学術的な見地に基づかず、大衆に媚びるような説を唱えるインチキ学者という意味です。問題発言ではあるのですが、東大総長と首相というパワーを持った人どうしの争いですから、世間は少し面白おかしく見ていたかもしれません。橋下徹前大阪市長はしばしば学者を激しく批判することがありますが、これに近いニュアンスでしょうか。

 また、しつこいカメラマンに水をかけたり、長生きの秘訣として「自分は人を喰っているから」とジョークを飛ばしたりするなど、話題には事欠かない首相でした。

(The Capital Tribune Japan)