[写真]今大会におけるフィールドプレーヤー最年少FW横山久美の活躍ぶりからも、若い選手は真剣勝負の舞台で起用されてこそ成長していく(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 五輪切符を争う短期決戦で、なでしこジャパンが道半ばで事実上の終戦を迎えた。3試合を終えた段階で1分け2敗の5位。4日の中国戦に敗れた直後だけでなく、一夜明けた5日の練習後にも何人もの選手が泣き出した。ショックの大きさが痛いほどに伝わってくる。

 7日午後4時35分にキックオフされる中国対韓国で、現在2位の中国が引き分け以上ならば、続けて行われる日本対ベトナム戦を待たずに予選敗退が決まる。なでしこが五輪出場を逃せば、2000年のシドニー大会以来となる。そして、女子W杯と並ぶヒノキ舞台に立てない事態が与える衝撃は、当時とは比べものにならないほど大きいかもしれない。
   

 まずはアジアの舞台で神通力を失ってしまったなでしこの今後だ。次の目標は2019年の女子W杯フランス大会出場となるが、再建への道のりは生半可なものではないだろう。

 状況的には、1968年のメキシコ五輪で銅メダルを獲得した男子サッカーと酷似している。当時の日本はベスト8に入った1964年の東京五輪前から、ほぼ同じメンバーで徹底強化を図ってきた。
 メキシコ五輪で得点王を獲得した釜本邦茂氏から、こんな話を聞いたことがある。日本が生んだ不世出の名ストライカーは、代表チームをひとつの部屋に例えてメキシコ以降を振り返った。

 「部屋から出ていく人と部屋に入ってくる人のギャップが大きかったから、メキシコの後の日本サッカーは落ちていった。当時の日本サッカー界はお金もないし、集中強化するしかなかった。あとは何もやっていない。ベテランの先輩たちがいなくなったところへ新しい選手がきても、考え方と鍛えられ方が違う。仕方ないか、と言っているうちにどんどん落ちていったという感じでしたね」

 世代交代を怠ったその後の日本の軌跡は、あらためて説明するまでもないだろう。五輪の舞台に戻るまで実に28年もの歳月を要し、その間、ワールドカップの舞台とも無縁のままだった。