東日本大震災から5年がたった。その後に起きた福島第一原発事故では、放射性物質の拡散から住民を守るため、政府は「避難指示区域」を設けて立ち入りを制限している。

 事故直後は福島原発から20キロ圏内に避難指示、20キロ~30キロ圏内に屋内退避指示が出されたが、2011年4月に、「警戒区域(20キロ圏内)」「緊急時避難準備区域(20~30キロ圏内)」「計画的避難区域(20キロ圏外で放射線の年間積算量が20ミリシーベルトになる恐れのある地域)」という3つの避難区域に整備された。

【写真】復興への遠い道のり 6年目を迎える福島県浜通りのいま

[地図]避難指示区域の現状

 その後、避難区域は2012年4月に、放射線の年間積算量に応じてさらに3つの区域に見直された。2016年3月11日時点の区分はこれによるもの。

 年間積算量が50ミリシーベルト超で、5年たっても20ミリシーベルトを下回らない見込みの区域は「帰還困難区域」。原発の立地する双葉町・大熊町や浪江町の大部分、南相馬市、飯舘村、葛尾村の一部などが指定されている。この区域は引き続き避難の徹底が求められている。

 20ミリシーベルトを超える恐れがある地域は「居住制限区域」。避難の継続が求められるが、住民の一時帰宅やインフラ復旧などのための立ち入りは可能になった。飯舘村や富岡町の大部分や南相馬市、浪江町、葛尾村、大熊町の一部が指定されている。

 20ミリシーベルト以下になることが確実とみなされた地域は「避難指示解除準備区域」に指定され、住民の帰還準備が進められている。宿泊こそできないが住民の一時帰宅や、病院や店舗などの一部営業、農作業の再開が認められるようになった。南相馬市や川俣町、葛尾村の大部分、飯舘村、浪江町、川内村、富岡町、大熊町の一部が指定されている。