[写真]滋賀県近江八幡市の「ノラノコ・プロジェクト」の収穫風景=2015年10月31日)

 「田舎暮らし」に憧れる若い世代が増えているという。その夢を突き詰めれば、必ずと言っていいほど「自給自足」という言葉が出てくる。20世紀型の大量生産・大量消費社会が都会に人々を吸い寄せてきたとすれば、21世紀を迎えて16年も経った今、これまでと違う暮らしを求めて逆の動きが出てきたとしてもなんら不思議ではない。かくいう筆者自身も、長野県の山奥に移住して5年目を迎え、来春あたりからジャガイモ畑でもやってみようかな、と思っている。

 そんな折、琵琶湖にほど近い滋賀県の田園地帯で、経済活動としての「農業」ではなく、「農的な暮らし」を追い求めている人たちがいると知った。自らを「ノラノコ(=野良の子)」と呼び、農薬を使わない手作業による米づくりに力を入れている。地域コミュニティを飛び出し、県外を含む各地から20~40代を中心とした若い世代が定期的に集まって野良仕事をしているという。手作業による稲作は、日本の「農」の基本中の基本だ。「いつかは自給自足」を夢見て、僕も体験的に彼らの「ノラノコ・プロジェクト」に参加させてもらった。(内村コースケ/フォトジャーナリスト)

「農的な暮らし」を求めて移住

 新聞記者として地方支局勤務を命じられるまで、首都以外で暮らしたことがなかった僕は、農業とはほとんど縁がないまま大人になった。しかも、日本の農業、いや、国体そのものの根幹を支える「お米」については、食べることはさておき、さらに縁遠い存在だったと思う。子供時代の半分近くを、米文化が普及していない北米(それも数少ない米の産地であるカリフォルニアではなくカナダ)と西欧(しかも食文化不毛の地イギリス)で過ごしたからだ。

 今は、フリーランス転向を経て、長野県・蓼科の標高1400メートルの別荘地で、初めて「日本の田舎」に腰を据えて生活をしている。本格的に移住したのは2011年の夏だから、福島第一原発事故の影響(=放射能の恐怖)から逃げたと見られても仕方がないのだが、そうではない。「夢いっぱいの田舎暮らし」のイメージを壊すような、すごくリアルな話で恐縮だが、「経済的な理由」が最も大きい。一言で言えば、東京のバカ高い家賃が割に合わないほど収入が落ち込んだからだ。景気が落ち込むと最も立場の弱いフリーランスから切られていく。既にガタガタだった日本経済が震災で追い打ちをかけられた当時、一線で活躍していたクリエイターが、ある日突然仕事が本当に「ゼロ」になったなんていう話がゴロゴロしていた。その意味では、僕の移住も震災が理由だと言えなくもない。