会見するなでしこ佐々木監督(撮影:山本宏樹/DELTA PHOTO)

 女子サッカー日本代表(なでしこジャパン)の佐々木則夫監督は18日、JFAハウスで退任記者会見を行った。佐々木監督は、「指導者として満足し、かつ充実した経験ができた11年間だった。これを大きな宝物として、自分自身の新たなステージに向かって頑張っていきたい」とすっきりした表情で語った。
   

記者代表から花束を受け取り、大仁会長(左)と握手するなでしこ佐々木監督(右)(撮影:山本宏樹/DELTA PHOTO)

 佐々木監督は、1958年5月24日生まれ。男子サッカー指導者などのキャリアを重ねたのち、2006~07年のなでしこジャパンコーチを経て、08年になでしこジャパン監督に就任。以来、11年のドイツワールドカップ優勝、15年のカナダワールドカップ準優勝、12年のロンドン五輪銀メダルと、目覚ましい成果をあげたが、先月末からのリオデジャネイロ五輪最終予選では6カ国中3位となり、上位2カ国が得る出場権を逃したことから、3月10日付で退任していた。

 冒頭、日本サッカー協会の大仁邦彌会長は、リオ五輪の出場は逃したものの、「これまでの戦績がおとしめられるものではない。特に、なでしこスタイルを世界で戦えるようにした。逆に言えば今、なでしこスタイルを世界が真似する方向にきている。女子のサッカーを佐々木監督が変えたと思っている。今後もこのスタイルを貫くべきだと思う」などと讃えた。

  佐々木監督は「最終的にリオ五輪最終予選で結果が出せなかったが、指導者として満足し、かつ充実した経験ができた11年間だった。これを大きな宝物として、自分自身の新たなステージに向かって頑張っていきたい」と語った。

 質疑応答で、今日までで思い出に残っているものは、という質問に対して「選手、協会、サポーターの皆さん、多くのメディアとも接しつつ、様々な局面でいろんなことを勉強した、それが財産」と回答。

 女子チームを指揮する上で、男性指導者として気をつけたことを問われると、「異性として一線を引く面はあったが、選手一人ひとりの志が高かったので、僕自身は男性を指揮するのと変わりなかった」と答えた。

 次の監督へのアドバイスは、という質問には、「僕が指導を始めたとき、日本女子サッカーチームは世界ランク11位くらいだったが、当時20位くらいの国とは明らかに実力差があった。今は20位や30位でもかなり強くなってきている。世界で戦うには厳しい時代になったという点を見据えつつ、良い準備をして、ぜひフランスワールドカップや東京五輪で活躍してほしい」と答えるとともに、会見場のメディアに対して「これから大変なので、メディアはあんまりプレッシャーかけないようお願いしたい」と笑顔で要請した。

 なでしこジャパンの選手たちへのメッセージは、との問いには、「非常に若干頼りなさそうな私でしたが、選手たちはよくこれまでついてきてくれたなと。ぜひ、これからも世界を目指して精進してほしい。頑張って下さい、ありがとうございました」と回答した。

 また、これまで支えてくれた家族にかける言葉を問われると、「2011年のドイツワールドカップのとき、応援中の妻が腰を抜かした。それだけ緊張して応援してくれた家族には感謝したい」と語った。

(取材・文:具志堅浩二、撮影:山本宏樹/DELTA PHOTO