「田舎暮らし」に憧れる若い世代が増えているという。その夢を突き詰めれば、必ずと言っていいほど「自給自足」という言葉が出てくる。20世紀型の大量生産・大量消費社会が都会に人々を吸い寄せてきたとすれば、21世紀を迎えて16年も経った今、これまでと違う暮らしを求めて逆の動きが出てきたとしてもなんら不思議ではない。かくいう筆者自身も、長野県の山奥に移住して5年目を迎え、来春あたりからジャガイモ畑でもやってみようかな、と思っている。

 そんな折、琵琶湖にほど近い滋賀県の田園地帯で、経済活動としての「農業」ではなく、「農的な暮らし」を追い求めている人たちがいると知った。自らを「ノラノコ(=野良の子)」と呼び、農薬を使わない手作業による米づくりに力を入れている。地域コミュニティを飛び出し、県外を含む各地から20~40代を中心とした若い世代が定期的に集まって野良仕事をしているという。手作業による稲作は、日本の「農」の基本中の基本だ。「いつかは自給自足」を夢見て、僕も体験的に彼らの「ノラノコ・プロジェクト」に参加させてもらった。(内村コースケ/フォトジャーナリスト)

農的な暮らし(1)「自給自足」の夢へ 古くて新しい「農」のプロジェクト

近江八幡の水郷を訪ねて

[写真]機械植えよりも広い間隔で1本ずつ苗を植える

 近江商人の故郷の城下町に、桜が散り始めた雨の日だった。「ノラノコ・プロジェクト」の中心メンバーの一人、亥川智子(いかわ・さとこ)さんを訪ねて初めて滋賀県近江八幡市を訪ねたのは、昨年の4月中旬のことだ。掘割に沿って商家や土蔵が並ぶ古い町並みの外れの一軒家に、亥川夫妻は暮らしている。野山の植物で作ったオブジェで飾られたナチュラルな雰囲気の居間に、大きなMacのモニターが異彩を放つでもなく、不思議と溶け込んでいるのが印象的だった。

 亥川聡(さとし)さん、智子さん夫妻は、2011年の震災後に、兵庫県芦屋市からこの緑豊かな琵琶湖畔の水郷に移住した。第1回でその成り行きを紹介したが、一言で言えば、究極的には自給自足的な暮らしを求めて田舎暮らしを決断した。現在、聡さんはデザイン・企画関係の仕事、智子さんはweb編集の仕事で現金収入を得ながら、米づくりや野菜づくりをしている。

 同じ子なし・アラフォー世代の僕ら夫婦も、亥川夫妻と同時期に田舎暮らしを始めた。我々は東京の下町から八ヶ岳のふもと、長野県の蓼科高原へ。山の別荘地なので、水田が広がる琵琶湖畔の農村地帯の暮らしとは少々趣が異なる。そのせいもあって、当初は土にまみれて田畑を耕すというイメージはほとんどなかったが、木を切り出して薪を作ったり、目の前の渓流で釣ったイワナを燻製にしたりしているうちに、「これで畑があればとりあえず飢えなくて済むなあ」などと夢見るようになってきた。そこで、web編集の仕事を通じて妻と面識のあった智子さんに、その「農的な暮らし」のことを聞かせてもらおうと、訪ねたのだった。

 「昔は当たり前のこととしてあった暮らしの智慧や命の大切さ、食や住まいや衣にまつわることに、私たちは興味があります。お米づくりもその一つです」。そうした思い抱く亥川夫妻と、近くに住む整体師・ヨガ講師のウエノチシンさん、英会話講師のナルさん夫妻の4人が2014年から始めたのが「ノラノコ・プロジェクト」だ。

 「自然農」による米作りと野菜作り、藍染めを行っており、繁忙期には自然に寄り添った暮らしや「農」「食」に興味を持つ若い世代が、各地から集ってきて共同作業に汗を流す。収穫物は、作業量に応じてみんなで分かち合う。「無農薬」「手作業」という点では、昔ながらでありながら、人の集まり方という点では新しい。今回は、その中でも「田植え」について、僕自身の参加体験を交えて紹介したい。