人々の去った、旧豊島区役所の区議会に立つ石川さん(撮影:藤元敬二)

 昨年、渋谷区や世田谷区では、日本で初めて同性カップルに対して結婚に相当する関係を認める「同性パートナーシップ証明書(※注1)」の発行が始まった。しかし今年に入ってから、区民や市民を代表する議員たちによるセクシュアルマイノリティー(性的少数者)に対する差別的発言が立て続けに様々なニュースで報じられた。

 東京都杉並区の小林ゆみ議員が2月15日、区議会定例会の一般質問でゲイやレズビアンの同性愛者やバイセクシュアル(両性愛者)は「趣味」と発言し、批判を受けた。

 その後、新潟県三条市の市民福祉常任委員会で西川重則議員が10日、市が2016年度の一般会計予算案に計上した地元FM局への番組制作委託料286万円について審議中、番組担当のパーソナリティーについて、

 「おかまと聞いている。社会常識からして、正常な形でない人を支援する必要はないのではないか」と述べ、市民からの抗議で発言を撤回した。

 日本におけるセクシュアルマイノリティーに対する理解は、まだまだ浸透していないと思わざるを得ない出来事だ。

日本で初めて、ゲイであることを公表し、当選した議員

 「私のような議員が必要のない社会こそが一番だと思うのですが、そこにたどり着くにはもう少し時間が必要なのかもしれません」

 そう語るのは、日本で初めてゲイであることを公にして当選を果たした現豊島区議会の石川大我(たいが)議員(41)である。大我とは仏教用語で狭い見解や執着から離れた悟りの境地。名前の特異性もさることながら、その経歴もまた一風変わっている。明治学院大学法律学科を卒業後にはアルバイトをしながら、憲法学者になるべく大学院をめざした。他方、同性愛者に関する情報を発信し続ける「すこたん企画(※注2)に参加し、2002年には初の著書となる『ボクの彼氏はどこにいる?』(講談社)で世間にカミングアウトをする。さらに05年にはLGBTサポートを目的としたNPO「ピアフレンズ」(※注3)を設立する。その後もオリジナルブランド店の経営、福島瑞穂・元社民党党首の秘書などを経て、11年に豊島区議会議員選挙に初当選。15年4月には2度目となる当選を果たした。

 「日本でセクシュアルマイノリティーが話題になったのは、まだまだここ最近の話です。僕の周りにも、周囲に秘密で付き合っているゲイカップルやレズビアンカップルは多いですが、二人だけの関係になってしまうことが多く、まだまだ社会に開かれた存在とは言えません」

 都内のレストランで開かれたセクシュアルマイノリティーについての講演会。講師として招かれた石川さんは、あまたの大学生達を前に饒舌(じょうぜつ)に語る。自身の経験を交えながら気さくに話すその様子は、政治家というより近所に暮らすお兄さんのようだ。セクシュアルマイノリティーたちが、いじめ、過労、健康問題、自殺などの問題に直面しながら適切なサポートを受けられていない現状を知ってほしい。特にこれからの社会を担う若者達に実状を理解してもらわないと、セクシュアルマイノリティーへの差別問題の解決に向けて前進することはない。そんな気持ちが石川さんをかき立てるのであろうか。

 

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