三田商業研究会編纂『慶應義塾出身名流列伝』実業之世界社、1909年6月15日、657ページより

 日露戦争バブルに浮かれる人たちをよそに相場を静観することでもうけた福沢桃介。相場でもうけることを楽しむ亡者とも見える桃介だが、意外にも金金金の世の中を嫌い、警鐘を鳴らしていました。桃介の印象的な言葉と投資哲学を市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。

 日露戦争バブル景気を見破って巨利を占めた福沢桃介は兜町の寵児となる。それまで兜町の話題を1人占めしていたのは鈴久こと鈴木久五郎であったが、鈴久が没落したあとは桃介である。桃介のもとには講演や原稿依頼が殺到する。桃介節は冴え渡る。

 「投機の心理はクワイト・シンプル(簡単明瞭)である。早耳連中の反対を行きさえすればよい。ぼくは投機において、よく兵を収めるに巧みであると、みずから信じる。日露戦争後に『隴(ろう)を得て蜀(しょく)を望み』あくことを知らずに進んだ者が多かった中で、僕は早く切りあげてしまった。満を望まぬのである。わが輩は決して日毎の小波動には目もくれぬ。わが輩のやり方はもっともっと遠方を見ておるのだ」

投資家の美学

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