是川が活躍した1982年の東京証券取引所(写真提供:Fujifotos/アフロ)

 「最後の相場師」と呼ばれる是川銀蔵の投資家人生は、青年期であった第一次世界大戦終了後から金属資源の売買から始まったと言っていいのではないでしょうか。関東大震災の一報を受けるやいなやバラックの需要を見越して、トタン板や釘などを買い占めたといいます。

 是川の人生と切っても切り離せないのが金属がらみの相場であったといえます。人生の後半戦で繰り広げられた住友金属鉱山の仕手戦はどのように始まり、どのように終焉を迎えたのでしょうか。市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。

投資家の美学

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