いまだ余震が続く熊本地震。今回の一連の地震では、本震の震源断層の周辺で地震が起こるだけではなく、熊本、阿蘇、大分と連鎖的に飛び離れた地域に地震活動が広がっています。前震や本震のメカニズムは断層の「横ずれ型」とされていますが、活断層はどのようにずれ、地震活動はどのように広がっていったのでしょうか。静岡大学防災総合センター客員教授・石川有三氏に解説してもらいました。

【写真】中央構造線で体験した“最初の地震” やっぱり難しい? 地震予知

「前震・本震型」か「群発型」か

[図1]熊本県の主な地震・火山の分布。茶色長方形は、地下の震源断層(大分の長方形は1975年大分県西部地震)、赤色×印は主な震源で一つだけ大きい×は本震の震源。本震は震源断層の南西端から破壊が始まり、北東へ広がった。茶色線は地表活断層線、ピンク色△は活火山(参照:東大出版会「新編、日本の活断層」)

 2016年4月14日午後9時26分ごろ、マグニチュード(M)6.5の地震が熊本県益城町(ましきまち)の地下で起きました。この地震(※注1)では、益城町で震度階級の最大震度7が観測されました。震源断層は南西側へ延び、宇城市直下まで達したようです(図1参照)。その後、15日午前0時3分ごろにM6.4の地震が起き、熊本県宇城(うき)市で震度6強を観測しました。

 一般的に、大きな地震は「本震」が飛び抜けて大きく、マグニチュードは最大の「余震」より1以上大きくなります。神戸が特に大きな被害を受けた兵庫県南部地震(阪神大震災)では、本震がM7.3ですが、最大の余震は本震の4分後におきたM5.2(本震との差2.1)でした。東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)でも、本震がM9.0で、茨城県沖で起きた最大余震はM7.6(差1.4)でした。

 このように大きな本震の後に、小ぶりの地震が多数続いて起きる場合は、「本震・余震型」と呼ばれます。大半の地震がこの型に当てはまります。しかし、ときどき本震のマグニチュードに近い余震が起きるケースがあります。2004年の新潟県中越地震の場合がそうです。このときは本震がM6.8でしたが、余震がM6.5、6.3、6.1、6.0と本震のマグニチュードと近い地震(最小差0.3)がいくつか起きました。こういう場合は、本震・余震型とは言わず、「群発型」と呼んでいます(※注2)。

 このほかに、最初にやや小さい地震が起き、その後に最大の地震、本震が起き、余震が続く場合もあります。このような場合は、「前震・本震・余震型」と呼ばれています。実は東日本大震災はこの型でした。ただ「前震」の中で3月9日に起きた最大地震はM7.3と大きいものでした。そのため、これが前震であとにもっと大きな地震が続いて起きると考える人は多分いませんでした。

 今回の熊本地震も、M6.5(当初6.4)の地震が起きた後、その2時間37分後にM6.4(当初6.1)の地震が起きました。その時点で、群発型の活動か? と思った研究者も多かったと思います。前震かも知れないと考える人も中にはいたかも知れませんが、これが前震活動だと推定出来る根拠はありませんでした。残念ながら、今の学問のレベルでは起きている地震活動が前震であると断定できる手法はありません。

(※注1)地震は、押されている地下の岩石が耐えきれなくなって断層面を境に急にズレが起き、そのためまわりに震動が伝わる現象
(※注2)群発地震の代表例は、長野県松代町(現・長野市)で起きた松代群発地震が有名。主な活動は1965年から1967年だが、その間、最大M5.4の地震が2回、M5以上が20回、有感地震は6万2826回と地震が頻発した

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