関東大震災後の東京(写真提供:MeijiShowa.com/アフロ)

 是川銀蔵が最も注目された住友金属株の仕手戦から、第1次世界大戦までさかのぼったところで、是川が天才相場師と呼ばれた所以がわかります。2度の戦後の混乱から、うまいこともうけたり、裸一貫からチャンスを見つけては立ち上がったり、起伏に富んだ是川の相場師人生を市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。

第1次世界大戦勃発で見せた天才相場師の片鱗

 是川銀蔵が天才相場師の片鱗をみせるのは、「1厘銭商売」のときである。中国青島時代のことだが、第1次世界大戦勃発で、非鉄金属相場が暴騰する。

 この時、銅、鉛、亜鉛の合金である1厘銭を地下倉庫に山積みしているのに目を付ける。当時の交換レートは1円銀貨=1厘銭1000枚。1000枚つぶすと、2円から2円50銭のインゴット(地金)になる。中国では、通貨の改鋳、売買は死刑と定められている。しかし、日本人には適用されない。是川は1厘銭900枚で1円銀貨と交換することにしたので、群象がどっと集まり、あっという間に大金を手中に収めた。

投資家の美学

この記事が気に入ったら「いいね!」をお願いします