寺町博(日刊工業新聞編集局「男の軌跡 第七集」より)

 天才エンジニアとして名を馳せ、2つの会社を東証の1部と2部に上場させた実業家としての顔も持つ寺町博。じつはもう一つの顔に”投資家”がありました。株と商品相場の世界では知らない者はいないというくらい、さまざまな大勝負に関わり、それは勝負師として目覚めてから、晩年まで続きました。寺町の山あり谷ありの投資家人生を市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。


ベアリングを発明した実業家は投資家の顔も持つ

 「自ら創業した日本トムソン社長の座から追放、脱税、仕手戦、2度目の創業であるTHKの株価日本一……。寺町博は発明家であり、生涯に2度まで東証1部上場企業をゼロから起業した技術系の敏腕経営者である」

 フリージャーナリストの梛野(なぎの)順三はその著『日本経済黒幕の系譜』の中で、寺町をこう評した。

 たしかに寺町は天才エンジニアとして名声を高める一方で、「ほとんど病気」といわれるほどの相場好きのために損をしている。日本発明振興協会から発明大賞を受賞、平成3年には紫綬褒章を受章した。寺町の部屋には各種表彰状やトロフィーが並んでいたことを思い出す。寺町はまた、商品先物業界、株界にも多大の貢献を果たしている。ベアリングの発明で稼いだ莫大なカネを惜し気もなく、日本のウォール街と呼ばれた東京鎧橋周辺にばらまいた人でもあるからだ。

 寺町博の名が相場の世界に広まるのは、1969(昭和44)年のことだ。「日本トムソンの寺町社長が商品相場で大きく張っているらしい」との情報が市場を駆け巡る。初め生糸を手掛け、伊藤忠商事を相手に買いまくり、3億円の荒稼ぎ。経済誌『投資ルック』のインタビューに答えて投資戦法をこう語る。

投資家の美学