フリッツ・バウアーを演じるブルクハルト・クラウスナー(C)2015 zero one film / TERZ Film

 2016年は英国のEU離脱や米国のドナルド・トランプ次期大統領の誕生、そしてフランスの右翼政党・国民戦線が勢力を広げるなど、世界的にポピュリズムと保護主義が台頭を予感させる年だった。そのなかで、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は難民を受け入れる姿勢を崩さず、地域の統合や民主主義を維持しながら差別のない社会を目指すと高らかに唱える姿が印象的に感じられた。

 映画『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』は、ユダヤ人大量虐殺ホロコーストに関与したナチス幹部を追う、ユダヤ人検事のフリッツ・バウアー(1903-1968)の孤独の闘いを映像化した。

 時は1950年代後半。敗戦から経済復興に傾斜し、戦争の記憶とともにホロコーストの事実さえ忘れ去られようとしていたドイツ。第2次世界大戦後、戦犯ドイツはニュルンベルグ裁判において国際的に裁かれた。しかし、ホロコースト首謀者への裁きは下されず、世界各国に逃亡したり、国内の政財界で平然と高い地位を得たりしていた。ユダヤ人でもあるバウアーは、一人ナチスの残党を追い続けるが、もみ消したい過去をもつ人々が彼を失脚させようと圧力をかけ妨害をする。そんなある日、一通の手紙でナチス戦犯の一人アドルフ・アイヒマン(1906-1960)がアルゼンチンに潜伏していることを知らされ、物語は展開していく。

 イスラエル諜報特務庁(モサド)の協力を得て成し遂げた、1960年のアイヒマン拘束までの捕獲作戦とドイツ人の手によるナチス戦犯の裁き、フランクフルト・アウシュビッツ裁判への道を切り開くまでの歴史に埋もれた孤高のヒーローの物語をサスペンスタッチで描いている。

 

【連載】<映画評>

フリッツ・バウアーを知らなかった自分にも憤りを感じた ラース・クラウメ監督

ラース・クラウメ監督(撮影:THE PAGE編集部)

 フリッツ・バウアーは日本はもちろん、ドイツの学校の教科書にすら登場することはない。同作のメガホンをとった気鋭の監督ラース・クラウメ(42)ですら、彼のことを知らずに10代を過ごしたという。

 「こんな偉大な人物をなぜ誰も知らないんだ! 彼のことを知らなかった自分にさえ憤りを感じました。だから映画にして彼のことを多くの人たちに伝えたい」との思いが、オリビエ・グエズとともに2年もの歳月をかけた脚本作成に走らせた。

 さて、フリッツ・バウアーを誰に演じてもらうかという話になったとき、キャスティングディレクターからブルクハルト・クラウスナー(67)を勧められた。『ヒトラー暗殺、13分の誤算』(2015)やトム・ハンクス主演の『ブリッジ・オブ・スパイ』(2016)にも出演していたドイツの名優だ。

 「フリッツ・バウアーは僕のヒーロー。正直、本人に演じてもらいたいと思っていたくらいだから、いくらブルクハルトさんが素晴らしい俳優だと聞かされても、可能性のある人全ての演技を自分の目で確かめて納得できる人を選びたいと思っていました」

 オーディションを最初に受けたのがブルクハルト・クラウスナーだった。

 「彼は映画の冒頭に登場するバウアー本人映像、地下室クラブでの若者に向けての討論シーンをパーフェクトに再現してくれたんです。アクセント、ボディーランゲージ、すべてがバウアーそのもの。その演技に圧倒されすぎて、どこを演出していいかわからなくなってしまい、『もう一回お願いします』と言ってしまった。もう一回やってくださったのだけれど、その後のオーディションを受けた人には申し訳ないけれど、もう、ブルクハルトさんしかいない、と決めていました」

 バウアーはデンマーク系でドイツ文化に順化しながらも培われた独特の訛を持っていて、それをしっかり発音できる人を求めていたという。ふさわしい年齢と体格、そして知性、バウアーが抱えている身体的な痛みさえもすべて単なる物まねではなく、瞬時に的確に解釈し、体現してくれたという。

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