インターネットが一般に普及し始めてから約20年が経ちます。キュレーションやブログ、SNSなど「流通」のテクノロジーが劇的に進化し、これに呼応するように新興企業や個人など「生産」を担うメディアの数も激増しました。ネットのテクノロジーの恩恵を誰もが普通に受けられるようになった現在、生産サイドのメディアはどのように進化しようとしているのでしょうか? 2005年から産経新聞社のニュースをはじめ、夕刊フジなど、いわゆる伝統メディアの記事を配信している産経デジタルの鳥居洋介社長に話をうかがいました。

ネットメディアは何を目指すのか? キュレーション問題が突き付けた課題

新聞社のメディアとキュレーションメディアは違う

産経デジタルの鳥居洋介社長

 私は1983年の産経新聞社入社で33年目になります。夕刊フジに長くいました。メディアのターニングポイントは1995年でした。この年はスポーツ紙も週刊誌も過去最高の部数、売上を叩き出しているはずです。オウム真理教地下鉄サリン事件と阪神大震災があった年です。Windows 95 が発売された年でもあり、紙の新聞は右肩下りに向かいますが、紙の新聞が電車のなかで読まれていた時代でもあり、紙にはまだ力がありました。

 インターネット、とりわけ携帯電話が出てきてからドラスティックに変化してきて、紙の持つパワーがダウンしてきました。記事の品質を表現するのは紙だけではなく、ネットにも表現していくわけですから、私たちとしては、コンテンツを作る力を磨き上げるしかないと思っています。

 記者を育て、一本の記事を書くのにもコストがかかります。記事の厚さを担保していく必要があります。品質の低いキュレーションサイトが騒がれたように、取材をせず、世の中に出回っている情報を集めてメディアを作るという作業には責任が伴いません。新聞社のメディアとキュレーションメディアは違うことを分かってほしいと思います。それでも、記者が修行をして技を磨いて書いた記事は、広告対価としての正当な価値が認められていないという現状があります。

プラットフォーマー主導のジレンマ

 過去20年、新聞社はプラットフォームになろうとはしませんでしたが、産経デジタルとしては、ヤフー・ジャパンやスマートニュース、フェイスブックなどのプラットフォームに早い段階から記事を提供してきました。読者が集まるプラットフォームに出向いていくのが国際情勢や政治など一般・総合ニュースを扱う新聞社の役割だと思っているからです。

 ただ、プラットフォーマー主導でルールを決めてきたという事実はあり、プラットフォーマーのルールにパブリッシャー側が従わなければならなかったというジレンマはありました。これまで、デジタルの世界に紙のメディアが関心を寄せてこなかったところにも問題があるでしょう。

 プラットフォームもパブリッシャーが提供するコンテンツがなければつぶれてしまうし、パブリッシャーもプラットフォームがなければ表現する場所がなくなります。両者が共存共栄するために、最近ではマネタイズをはじめ、配信記事を大事にしてほしい、どの社のニュースが配信したのか分かるようにしてほしいなど、本音の部分を話せるような機運が高まってきました。