セオリーとしてのプレートテクトニクス理論の誕生

イメージ2:1929年にウェゲナーによって初めて命名された「超大陸パンゲア」。約2億年前に分裂がはじまったと考えられているが、その直接のメカニズムは果たして何だったのだろうか?(イメージ:アフロ)

 卵の殻にあたるプレートが(アセノスフェア=Asthenosphere=と呼ばれるマントル最上層に位置する比較的薄くやや粘質の層の表面を)スライドして移動するのが、ウェゲナーによってはじまった「大陸移動説」の本質だ。超大陸パンゲアの分裂もこの現象で説明できるとされる。(イメージ2参照)

 プレートが移動するそのメカニズム(動力の源)は、マントルに内在するマグマの「対流」という考えでほぼ一致しているようだ。火山の噴火や地震多発地域が、プレートとプレートの境界線によくみられるのも、このアイデアをサポートしている。しかし具体的にマグマの対流はマントル上層部だけなのか、内層部レベルまで含むのかは、研究者によって意見がわかれるようだ。

 さてプレートがそれぞれの方向に移動するということは、その誕生地となる境界線と、プレート同士がぶつかり、地球内部へと沈んでいく境界線に二つのタイプが生じる。日本列島はご存知のようにちょうど太平洋プレートが沈んでいく、いわゆる沈み込み帯(subduction zone)の真上に位置している。その際に起きるひずみと反動が一連の地震と大津波の原因とされる。プレートのモーション(動き)は莫大なエネルギーを生じ、甚大な被害を地球規模で引き起こす。

 こうした一連のアイデアは1960年代にカナダの地質学者ウィルソン博士(John Tuzo Wilson)が発表した一連の研究論文が大きく貢献している。そして1960年代から70年代にかけて、この学説は地質学者や地球物理学者などにとって、一躍人気の研究トピックへと変貌を遂げる。

 そして新たに発表されたさまざまな研究及びデータ(例えば岩石に記録されている太古の地磁気データ、海底の形態、地震波トモグラフィー、GPSを用いた大陸やプレートの詳細な移動パターン、コンピューターを基にしたマントル対流のモデル、新たな大陸間における化石記録)等も、ウェゲナーの学説をより強固なものへと押し上げた。いわゆる「プレートテクトニクス理論」というセオリーの誕生だ。

 ちなみにウェーグナーの死後に起きた一連の大陸移動説の経緯(いきさつ)、そして20世紀後半に行われた主要なプレートテクトニクス研究の流れは、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の吉田晶樹博士の記事(日本語)において、より詳しく知ることができる。

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