[写真]展示品に囲まれる西沢館長

 国内の貯金箱の収集では最多とされる約1万点を収蔵する「貯金箱の博物館」が長野県の千曲市にあり、マニアの関心を集めています。金融機関に勤めていた個人が若いころから50年がかりで集めた逸品ばかり。「投機でも投資でもない。時代の移り変わりを映し出す貯金箱の魅力に引き付けられた」と館長は話しています。

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かつては「貯まったら壊す」が主流

[写真]個人経営とは思えない貯金箱の博物館(長野県千曲市上山田温泉)

 博物館は千曲市上山田温泉にある「にしざわ 貯金箱 かん」。地元に住む館長の西沢勝実さん(74)が2008(平成20)年に開設し、自ら社長を務める西沢商事が管理する形を取っています。1、2階合わせて約918平方メートル(約278坪)のスペースに展示室、売店などを設け、エレベーター付き。1300平方メートルの大型駐車場も隣接しています。

 金融機関の職員だった西沢さんは20代のころから貯金箱に興味を持ち、収集。まだ若い55歳で退職する際も他の仕事に就くことなく貯金箱の趣味に打ち込む道を選びました。

[写真]明治時代初期にはやった宝珠型の貯金箱

 館内は約1万点の収蔵品のうち3000点を展示。時代の移り変わりとともに変化していく貯金箱の実物を見ることができます。

 西沢さんの話だと、日本で貯金箱が大衆化したのは明治時代初期からで、最初は仏塔の頂上の装飾にも使われる宝珠(ほうじゅ)の玉ねぎのような形の焼き物の貯金箱が流行。大正、昭和時代にかけて素焼きのものから金属製へ、そしてプラスチック製を含む色鮮やかなものへと変化していきました。

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 貯金箱の構造も最初はコインの「出口」がなく、いっぱいになったら壊すしかないものが主流。やがて金属製のものが出始めるとコインを取り出せる構造になり、さらにコインを入れるとさまざまな動きをするカラクリ貯金箱も登場しました。

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 西沢さんが貯金箱を観賞する上で最も大切なことだと指摘するのが「貯金箱に表れたその時代を見ること」。明治時代初期はダルマや福助人形などがありましたが、やがて戦争の時代が続くと敗戦の1945(昭和20)年ごろまで兵隊さんや軍艦など戦時色の濃い貯金箱が相次ぎ生まれます。

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