身近な存在である犬達。現在のイエイヌは体の大きさから毛の質と色、性格など実にさまざまだ。しかしイヌの起源、そして人間と共存をはじめた家畜化のプロセスの詳細はまだよく分かっていない。写真はピレネー犬、レッド・フォクシィー・ラブラドールそしてビーグル犬。(著者撮影)

 人間の身近な動物である犬は、ペットとしての歴史も長いとみられます。しかし、いつから、どのような進化をたどり、ヒトと暮らすイエイヌとなったか、その起源ははっきりとわかっていません。古生物学者の池尻武仁博士(米国アラバマ自然史博物館客員研究員・アラバマ大地質科学部講師)が、最新研究について報告します。


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ニューギニアの不思議な犬達

 まず(自称・他称を問わず)愛犬家の方に尋ねてみたい。「ニューギニア・シンギング・ドッグ」という犬種をご存知だろうか?

 尖った顔先と耳、短かめの薄茶色がかった体毛など、日本の柴犬か、キツネのようないでたちをしている。体高は約46cm、体重14kgくらいまで成長するので、柴犬よりすこし大き目の中型犬だ。柴犬と比べて手足も少し長めで、全体にスレンダーなかんじの体つきをしている。歯は多数存在する犬種(=品種)のなかでもかなり大きいとされる。首や背中の柔軟性が(犬としては)かなり高く、一見「風変わりな犬」としてその存在が知られている。

 このイヌを日本で見かけることはほとんどないはずだ。現在パプアニューギニアの島々とインドネシア西部にわずかな数の個体(約500頭以下?)が確認されている。

 この犬の一番独特な特徴として、その鳴き吠え(声)がある。名前のとおりコーラスのような独特の声を(特に複数の個体が集まった際)たてる。百聞は一見にしかず ── 下手にここで言葉で説明するよりは、実際にビデオなどを通して、この歌声を直接聴いてみることをお勧めする。

 このユニークなイヌのほとんどが、ニューギニア一帯のジャングルや山岳地の原住民と共に生活している。(多数、他の犬種との混血種もいるはずだ。)特に野ブタ狩りなど狩猟に非常に役立つという。こうした半野生の習性は、アパートで飼うにはふさわしくない犬種だろう。近所の野良猫にすぐに飛びかかるかもしれない。そして真夜中に突然コーラスをはじめられたら、かなりの近所迷惑だ。

 さて3月31日付けのNational Geographicのニュースに、犬の進化を探るうえで興味深いニュースを見かけた。太平洋に浮かぶニューギニア島において、それまですでに絶滅されていたと考えられていた別の犬種「ニューギニア・ハイランド・ドッグ」の生存している姿(個体)が、なんと50年ぶりに確認されたのだ。
http://news.nationalgeographic.com/2017/03/new-guinea-dogs-found-extinct-pictures-animals/
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/040400123/

 名前から推察できるかもしれない。ニューギニアン・シンギング・ドッグと、遺伝子的にかなりの近縁関係にあるそうだ。そしてこの二つのパプアニューギニアの犬種は多数いるイヌのなかでも、最も初期のものの一つとして知られている。イエイヌ(Canis lupas familiaris)の直接の先祖と考えられるハイイロオオカミ(Canis lupus)に最も近い犬種の一つである可能性がある。ディンゴ(Canis lupus dingo:オーストラリアに生息する野犬)と直接近縁関係にある、とする考えもある。

 このニューギニアのイヌは、イエイヌの家畜化における起源と初期進化を探求する上で何かしら有力な「手がかり」を与えてくれる可能性がある。

イエイヌの起源に残された大いなるミステリー

ハイイロオオカミ(Canis lupus)はイエイヌの先祖と考えられている、しかしイエイヌと進化上いつどこで具体的に枝分かれしたのかは、まだ議論の真っ只中だ。どうしてオオカミは犬のようにうまいこと人になつかないのだろうか?(写真提供:アフロ)

 さて、自然科学に興味のある方に尋ねてみたい。イエイヌの起源とは「いつ頃」、具体的に「どのように」起こったのだろうか?

 犬達ほど街中で一日に何度も見かけることのできる、人間以外の大型動物種は、他になかなかいないのではないだろうか。「自宅で毎日顔を合わせる」という方も多いはずだ。しかし、これだけ身近な存在であるにもかかわらず、イエイヌとは「どこからやってきて」そして「何者なのか」。この生物進化の本質に迫る問いかけ ── その起源と詳細な家畜化の過程 ── には、まだまだ多くの謎が残されている。

 例えば、イエイヌは進化上いつ頃、先祖であるハイイロオオカミと枝分かれして「独立した亜種」として出現したのだろうか? 1990年代後半に行われたmDNAのデータによると、13万5,000年前頃、両者が進化上、枝分かれしたというデータが報告されている。いくつか最近の研究(下記参照)は、この年代の推定値が「古すぎる」可能性を指摘している。しかし、この数値は今でもよく研究用の文献やニュースなどで定説として紹介されているようだ。

 一方、考古学・化石記録において、イヌが人間と暮らしていたと考えられる直接の証拠 ── 例えば共に埋葬されているようなケース ── はわずか1万5,000年前頃(ヨーロッパなど)までさかのぼる必要がある。遺伝子と化石記録におけるその差は、実に10万年以上に及び、この年代におけるギャップ(違い)は、イエイヌの進化を探る上で、非常に重要で無視できない。

 最初のイエイヌとされる個体(及び群)は、はたしてどのような姿をしていたのだろうか? 具体的にどこで起こったのだろうか? はたして犬の家畜化は、その進化上、何回起きたのだろうか?(一度だけなのか、複数回別々に繰り返し起こったのだろか?)2016年の研究によると、ヨーロッパと東アジアでそれぞれ、トータルで2回起こったとするデータが報告されている(Frantz等2016)が、はたしてこれが真実なのだろうか?(何人かこの研究結果に異を唱える研究者もいるようだ。)

Frantz, L. A. F., V. E. Mullin, et al. (2016). "Genomic and archaeological evidence suggests a dual origin of domestic dogs." Science 352(6290): 1228-1231.

 イエイヌの進化における科学的問いかけに答えるには、より正確な地質年代上のスケール ── 平たくいうと「ものさし」 ── が、(後述するように)何よりカギとなると私はにらんでいる。

 具体的な家畜化の起源における仮説は、大きく分けると二つの異なるストーリーによるようだ。

 先ず、太古の人類が初期の犬(オオカミの一個体かグループ)を、うまいこと「手なずけた」ことによって全てがはじまった可能性だ。ヒトと共に暮らすと「いろいろ利点があるぞ」と説得することに成功したわけだ。しかし、具体的にどのような手法を用いたのかはまるで謎だ。そして現生のオオカミやキツネなどの個体は(一部の例外を除いて)、成長して一定の年齢にさしかかると、今のところ犬のように、ヒトになつかせることはほとんど不可能だ。(どうして犬だけがその一生を通してヒトに忠実で愛嬌をふりまき続けることができるのだろうか?)

 余談だが、初期のイヌを初めて手なずけた人類のグループ(それとも一個人だろうか?)は、かなりの知能の持ち合わせていたはずだ。犬の行動パターンや心理を性格に分析及び理解していなければ不可能、と私には映る。同じ手法を用いて、ジャッカルやコヨーテなど近縁のイヌ科のもの、またはクマやライオンなど(イヌも含め全て「ネコ目」に属する)を家畜化することが、なぜ出来ないのだろうか? 「ジャングルブック」に出てくるような大きなトラが、忠実な番犬や盲導犬の代わりをつとめてくれることは、まずないだろう。

 もう一つ、別の家畜化の仮説として、イヌたちがたまたまヒトのもとへ、「自分たちから」近づき、共存する道を選んだ可能性が指摘されている。最近、世界各地の村落や集落などに生息する飼い主のいない半野生的な犬「village dogs」のデータがよく報告されている(Coppinger & Coppinger 2001)。ヒトの食べ残しやゴミ箱をあさることで食生活を支えている、こうした特定の飼い主をもたない犬の個体は、特に未開地や僻地にかなりいるとみられる。しかし、オオカミのように完全に野に帰ることはなく、時にヒトから直接おこぼれにあずかることもある。こうしたプロセスを通して運よく、ヒトに直接飼われ出す個体もいることだろう。「家畜化誕生の瞬間」を、こうしたシーンに我々は観ているのだろか?

Coppinger, R., & L. Coppinger. 2001. Dogs: A New Understanding of Canine Origin, Behavior, and Evolution. University of Chicago Press, 352 pp.

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イヌはどこから来たのか?イヌとは何者なのか?

 イエイヌの起源は、他の家畜化・栽培化された動物や植物の品種と同様に、生物の進化を考察する上でかなり興味深い事実や謎が隠されている「ニワトリ家畜化の起源」の記事参照)。チャールズ・ダーウィンも犬種の多様性 ── 例えば、超小型のチワワから超大型のグレートデン、活発な狩猟犬からずんぐりしたブルドッグ(またはカウチポテト化したポチ等)に魅せられた生物進化学者の一人だ。その犬種間における変異性の高さの秘密に迫るため、ドッグブリーダーの元に足しげく通っていた。そして(他の家畜動物や栽培植物の品種とともに)犬における考察を、「自然選択説」の構築に大きく採り入れている。

 ダーウィンの主著「種の起源」の第一章は「家畜化における変異」のデータを紹介することからはじめているのは偶然ではないはずだ。犬などの品種の中に見られる多様性に、生物進化に関する「大いなる秘密」が隠されていると考えていたはずだ。

 さて、今回発見されたニューギニアの犬種は、どのような情報を我々に与えてくれるのだろうか? 遺伝子のデータは、まず初期犬種間の進化系統樹における関係(=具体的な位置:こちらの記事参照)を教えてくれるはずだ。もしこの犬種が、最も初期の犬種だとすると、狩猟に適したこの犬の習性や行動様式は、最初期のイヌの姿を鏡のごとく、垣間見せてくれてはいないだろうか? 狩猟という目的が果たして人類と犬たちの深い絆をつくる際、直接の動機として働いたのだろうか?(注:狩猟の他に愛玩用、番犬用、宗教用などさまざまな可能性(仮説)がイヌの家畜化の起源として提案されている。)

 そしてこのニューギニアの犬達は、全ての多数存在する犬種の「直接の先祖ではない」という事実も、改めてここで確認させていただきたい。イエイヌの直接の先祖は、はるか昔に存在したものだ。(1万5000年から13万5000年前のいつ頃なのだろうか?)。こうした長い時間を経てニューギニアの犬達が行動様式を変化させてきた可能性は当然ある。他の犬種、それともオオカミなど亜種と交配して、変化(進化)してきたかもしれない。生物進化のプロセスはなかなか一筋縄では見渡せない。

 家畜化における「狩猟仮説]を検証する際、オオカミとイエイヌの枝分かれの時期は、ここで再び非常に重要となる。家畜化が初めて行われた時、人類の狩猟技術はどこまで発達していたのだろうか? もしかするとネアンデルタール人が登場した中期旧石器時代(約30万年から3万年前:大まかなつくりのナイフのような剥片石器が使われだした)から、クロマニヨン人などホモ・サピエンスが人類の主流となった後期旧石器時代(約3万年から1万年前:ハンマーストーンやキリ、彫刻刀のようなものなど石器の高度化が進んだ)にかけて、イヌの家畜化が進行した可能性がある。

 もし、この狩猟仮説が真実だとして、イヌが具体的にどのような役割を担っていたのだろか? 以前紹介したマンモス(こちらの記事参照)の狩りの供をしていたイヌが存在していたかもそれない。(狩猟用のイヌの登場がマンモス絶滅の引き金になった可能性はなかっただろうか?)

 東アジアにおいてイヌが「16,300年頃中国の揚子江一帯にて誕生した」という説も発表されている(Pang等2009)。この時期は、ちょうど狩猟から農耕へと、人類が新たな生活様式へ移行した時期にあたる。もしかして、犬が何か大きな役割を果たしたのだろうか?

Pang, J.-F., C. Kluetsch, et al. (2009). "mtDNA Data Indicate a Single Origin for Dogs South of Yangtze River, Less Than 16,300 Years Ago, from Numerous Wolves." Molecular Biology and Evolution 26(12): 2849-2864.

 新たな初期のイヌの研究結果が発表される度に(いくらかの)「驚き」をもって、その内容に耳をかたむけるのは、おそらく私だけではあるまい。一連のデータや研究結果が、私の想像力を大きく超えることが起きるからだ。この事実は、犬の起源と初期進化が「かなり複雑なプロセス」を経てきた可能性を暗示しているのかもしれない。もし初期のイヌは、オオカミ等とかなり頻繁に交配を行っていれば、mDNAのデータを分析する際の大きな障害になることだろう。太古の人類はイヌの価値や重宝さにすぐ気づき、大陸をまたいだ、かなり長距離の文化交易をシルクロードなどを通して行われたのではないだろか?

 Men’s best friends「人類にとって最大の友」と呼ばれる犬達。一説には、イヌの家畜化が初期人類の多様性、そして後の文明化に多大な貢献を与えたともささやかれている。日本国内において991万5千匹の犬が(2015年に)正式に登録されている。加えて未登録の個体もかなりいることだろう。他の動物種と比べて、これだけ人間の生活に密着しているものは、(ネコをのぞいて)他にいない。どうして犬達は人間と共存することを選び、そして大成功を勝ち取ったのだろうか?

 犬の進化の歴史は、かなり奥行きが深く興味深い。そして個人的な(研究対象としての)思い入れもあるので、書きはじめるとかなり長くなる。また折をみて、今後もいくつか取り上げてみたい。今回はまずオープニングということで、大まかな流れをここにまとめさせていただいた。

恐竜グループ分けが変わる?進化枝分かれの新仮説にみる“系統樹”の意義

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