大事な初戦で同点ゴールを決め、エースにふさわしい働きをした小川航基(写真:田村翔/アフロスポーツ)

 国際大会の初戦は、感じたことのないプレッシャーに苛まれるものだ。初めて臨む国際大会ならなおさらで、相手がほとんど対戦経験のないアフリカ勢となれば、なおのことだろう。普段どおりの力を出すのは、簡単なことではない。
 
 昨年8月のリオデジャネイロ・オリンピックの初戦でナイジェリアと対戦したU−23日本代表も、相手の勢いと雰囲気にのまれ、開始10分に2点を奪われ、最後までゲームを落ち着かせることができずに4−5で敗れた。
 似たようなことが、弟分のU−20日本代表にも起きた。
 
 5月20日に韓国で開幕したU−20ワールドカップ。翌21日に南アフリカとの初戦を迎えたU−20日本代表は、立ち上がりから二回続けてDF初瀬亮(ガンバ大阪)の右サイドを突破されると、7分にはオフサイドトラップに失敗。シュートブロックに入ったDF冨安健洋(アビスパ福岡)のオウンゴールで、与えたくない先制点を与えてしまった。
 
 だが、ここからがリオデジャネイロ・オリンピックとは違った。
 
 DF舩木翔(セレッソ大阪)が驚いたように、当初は「これまでに経験したことのないスピード」に困惑したが、少しずつ劣勢をはねのける。19分と29分にはFW小川航基(ジュビロ磐田)がシュートを放ち、34分のゴール前のピンチには初瀬とGK小島亨介(早稲田大)がシュートコースに身体を投げ出して、シュートミスを誘う。
 
 こうして0−1のまま、なんとか試合を折り返した日本に待望の瞬間が訪れたのは、後半3分。歓喜をもたらしたのは、チームのエースストライカー、小川だった。
 
 2トップのパートナーFW岩崎悠人(京都サンガ)が左サイドからクロスを流し込むと、ゴール前に飛び込んだ小川が相手DFと重なりながらボールを押し込む。ゴールに向かってコロコロと転がったボールは、相手GKに、かき出されたように見えたが、ゴールラインを割って、ゴールが認められた。
 
 このとき、クロスを入れた岩崎は小川の姿が見えておらず、「中にいると信じて強めのパスを出そうと思った」と言う。
 
 しかし、アイコンタクトなど不要だった。小川が述懐する。
「あの状況で中を見られることって、なかなかない。あいうときは、だいたいニアに来るものなんです。あのときも最初は後ろにいたんですけど、後ろには来ないなと思って前に入ったことが、ゴールにつながった。ゴール前では足を止めないっていうことが生きたプレーでしたね」

 このひらめき、この予測こそ、まさにストライカーの得点嗅覚だろう。

 実は、19分と29分に外した小川のシュートは、かなり決定的なものだった。19分の左足のシュートはポストを叩き、クロスに頭で合わせた29分のシーンは、「得意の形」でありながらゴール左にそれていった。
 0−1でリードを許している状況で決定機を二度も外したエースの胸中は、いかばかりだったか。

 2002年日韓ワールドカップのベスト16で韓国がイタリアと対戦した際、開始早々にPKを外したアン・ジョンファンは「心の中で泣きながらプレーしていた」と語った。責任を痛感して心の中で泣き続け、延長戦に入ってついに決勝ゴールを決めるのだ。