第十六国会開院式に天皇陛下御先導の議場

 堤康次郎の初相場体験は祖父と一緒に挑戦したコメ相場でした。失敗はしたものの、その経験をきっかけに学生実業家として株式相場にも果敢に挑むようになっていました。

 大学卒業後はさまざまな事業に進出しましたが、なかなか成功には至りません。しかし、ある日転機がよううやく訪れます。成功をつかんだ事業とは? 市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。

  
  儲け話には貪欲に飛び付くが、次々と失敗

 「まず早瀬という技師を雇った。フランスの専売特許を3つも持っているというふれ込み。私は全部任せたが、いつまでたっても製品ができない。結局、私の不明のためにこの技師にいいかげんにやられてしまった。俗に“うぬぼれとかさけのないものはない”というが、人一倍うぬぼれの強い私も、度重なる失敗に精根尽きた」(同)

 次いで出版業に手を染める。大手出版の冨山房から出ていた「新日本」という政治雑誌があって、毎号大隈重信の政論を掲載していたが、いつも返品の山。冨山房では引き受け手を探していた。その時、大隈から堤に声が掛かる。

 「おい堤、お前は何事も抜け目がない才能を持っておるんじゃから、いっそあの雑誌を引き取って発行してみてはどうなもんじゃ。我輩が総裁を引き受けるんである。永井(柳太郎)が主幹になるんである。堤、お前は社長になるんである」(富沢有為男著『雷帝堤康次郎』)

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