石炭鉱の近くに草を求めてくる馬=シリンホト市近郊(2012年3月撮影)

 日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。その北に面し、同じモンゴル民族でつくるモンゴル国が独立国家であるのに対し、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれ、近年目覚しい経済発展を遂げています。しかし、その一方で、遊牧民としての生活や独自の文化、風土が失われてきているといいます。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録しようとシャッターを切り続けています。内モンゴルはどんなところで、どんな変化が起こっているのか。

 アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。


【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮るーアラタンホヤガ第1回

内モンゴル自治区の地図

 2001年に来日し、気づいたらすでに16年経った。

 私は、内モンゴル高原の中部に位置するシリンゴル盟のシローンフフというところに育った。草原というより、砂漠地帯で緑豊かなオアシスがたくさんあるところである。

 内モンゴルでは遊牧民と言っても、従来の季節ごとに牧草地を替えながら移動する遊牧生活をしている人々はほとんどいなくなり、定住しながら牧畜を営んでいるのが、現状であり、むしろ「定住牧民」と言った方が正しいのではないかと思う。

 鉱山開発や大型農業施設などがなく、特にモンゴル国との国境近く、人口密度が少ないところでは、夏と冬に2回の移動ができる地域がすこし残っているだけである。

 私の故郷でも90年後半から、夏営地であった川のほとりが禁牧(遊牧を禁ずる政策)により、人も家畜も立ち入り禁止になり、鉄条網に囲まれてしまった。そのせいで、遊牧民たちは冬営地で一年中家畜の世話をするしかできなくなった。

 彼らは従来の家畜と共に生きる自給自足の生活ができなくなり、市場経済発展の中で新しい生活様式に適応する一方、携帯、車、バイク、家電製品、そして、何よりも電気に頼る便利かつ効率的な生活に頼りすぎている部分も大きくなってきた。

 伝統的な生活を守りたいと思う人々も多いが、現実的にいろいろな問題があり、“伝統と現代”という二次元の間で彼らは苦労し、葛藤し、悩みながら生きている、というのは過言ではない。

 内モンゴルはこの何十年間に大きく変化してきた。

 私の子供時代と比べれば、遊牧という生活様式がすでになくなり、わずかに残されてきた文化も消えゆく危機に直面している。これはいろいろな問題が絡み合っている。一言でこれとは言えない現状がある。(つづく)

※この記事はTHE PAGEの写真家・アラタンホヤガさんの「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮るーアラタンホヤガ第1回」の一部を抜粋しました。


アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。

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