文化大革命中に破壊されたお寺の廃墟=シリンゴル盟・シローンフブートチャガン・ホショー(2016年9月撮影)

 日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。その北に面し、同じモンゴル民族でつくるモンゴル国が独立国家であるのに対し、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれ、近年目覚しい経済発展を遂げています。しかし、その一方で、遊牧民としての生活や独自の文化、風土が失われてきているといいます。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録しようとシャッターを切り続けています。内モンゴルはどんなところで、どんな変化が起こっているのか。

 アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。


【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮るーアラタンホヤガ第1回

砂漠化が深刻になっている=シリンゴル盟・シローンフブートチャガン・ホショー(2015年4月撮影)

 2001年に来日し、気づいたらすでに16年経った。

 私は、内モンゴル高原の中部に位置するシリンゴル盟のシローンフフというところに育った。草原というより、砂漠地帯で緑豊かなオアシスがたくさんあるところである。

 内モンゴルでは遊牧民と言っても、従来の季節ごとに牧草地を替えながら移動する遊牧生活をしている人々はほとんどいなくなり、定住しながら牧畜を営んでいるのが、現状であり、むしろ「定住牧民」と言った方が正しいのではないかと思う。

 私の故郷でも90年後半から、夏営地であった川のほとりが禁牧(遊牧を禁ずる政策)により、人も家畜も立ち入り禁止になり、鉄条網に囲まれてしまった。そのせいで、遊牧民たちは冬営地で一年中家畜の世話をするしかできなくなった。

 内モンゴルはこの何十年間に大きく変化してきた。

 私の子供時代と比べれば、遊牧という生活様式がすでになくなり、わずかに残されてきた文化も消えゆく危機に直面している。これはいろいろな問題が絡み合っている。一言でこれとは言えない現状がある。

内モンゴル自治区の地図

 文化大革命による伝統文化の否定、80年代の土地改革による牧草地の分配で移動ができなくなり、さらに政府が定住化を推進したことで、遊牧から定住になった。

 そして、改革開放による経済発展に伴い、石炭、石油、天然ガスなどの資源開発に牧草地が使用され、遊牧に使用可能な牧草地が極めて狭くなっている。これに伴い、環境破壊が進み、砂漠が年々拡大し、それに対し、政府は家畜の数制限、また、一部地域において、禁牧政策を実施し、環境を保護するように努めているがそれが、逆効果となっている。

 私は写真を通して、今の内モンゴルの遊牧社会の現状を記録し、次世代に伝えていきたいと思っている。

※この記事はTHE PAGEの写真家・アラタンホヤガさんの「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮るーアラタンホヤガ第1回」の一部を抜粋しました。


アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。

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