ラロッカ以前にレコード録音を依頼された人物も レコードがジャズに残した功績とは?

 たとえば、当時こういう話もある。確かに歴史的にはラロッカが最初にジャズ・レコードを録音したが、実はその前年に録音を依頼された人がいた。フレディ・ケパード(1889ー1933)というトランペッターがその人だが、そのときケパードはこう言って断固として拒否したのである。

 「年月かけて獲得した自分の技を記録されると、簡単に盗まれてしまうじゃないか、そんなバカなことを誰がするもんか」

 確かに、レコードは繰り返し何度も楽しめるので、自分の演奏を聴きに来る客はいなくなるかもしれないと恐れるのは無理はないし、同じ状況に置かれたら、今もそう判断する人はきっと多いと思う。しかし現実はまったく逆で、レコードは聴衆を爆発的に増やしたのである。この時代からしばらく経った1920年代にはラジオ放送が本格的に始まり、これもまた聴衆を爆発的に増やした。

 さらに1920年代後半にはトーキー映画も始まり、たくさんの観衆を満足させる大型スピーカーと、それを動かす電気機器も急速に発達した。余談だが、マイクを使った電気録音も1920年代で、ラロッカの頃は、大きなラッパに向かって演奏したり歌って録音針を動かした機械録音であった。

 この時代を狂騒の時代といい、1920年代はジャズ・エイジとも呼ばれている。これは、ジャズが本格的に始動した時代でもあり、まさに狂騒の時代に相応しいジャズが生まれた時代である。もはや主人公はラロッカではない。ニューオリンズの黒人たちの騒がしい即興演奏の痛快さを伝える若き天才ルイ・アームストロング(1901ー1971)が、禁酒法の時代、アル・カポネ(1899-1947)が支配したシカゴに登場するのである。

(音楽評論家・青木和富)

この記事が気に入ったら「いいね!」をお願いします