テレビ東京の大橋未歩アナウンサー(2015年3月撮影:志和浩司)

 テレビ東京の大橋未歩アナウンサーが年内、12月上旬に同局を退社することを発表した。以前から、自分の身体とゆっくり向き合いたいとの気持ちがあったのだという。一方、もう大橋アナと会えなくなってしまうのか?、と心配したファンからの問いかけに答えるように、自身のツイッターで「つぶやきは続けさせていただければ」と嬉しいツイートもしている。大橋アナの今後は?

療養生活からの復帰後に「報道の使命」を再認識

 大橋アナは2002年にテレビ東京に入社。エース的存在として、さまざまな番組で活躍してきた。入社2年後にはアテネオリンピックの取材アナウンサーに抜擢。その後もスポーツ、バラエティーなどを中心に順調にキャリアを重ねたが、13年1月、軽度の脳梗塞と診断されたことを公表し約7カ月半におよぶ療養生活に入った。同年9月から復職したが、半年以上に渡った療養生活は、その後の大橋アナに大きな影響を与えたようだ。

 以前、大橋アナを取材した際、復帰した当時を振り返ってこんな話を聞いた。

 「お帰りなさいって言われたんです。タクシーの運転手さん、掃除のおばさん、コンビニの店員さん……街で出会う皆さんが『もう元気になられたんですね、良かったですね』って言ってくださって。そのとき、あ、私はこういう人たちのためにニュースを伝えるんだなってわかったんです。いろんな職業の方、いろんな生き方をしている方が社会にいて、その社会の中で生きている人たちの顔が見えたんです」

 誰に向けてニュースを読むのか。テレビカメラの向こう側にいる人々の顔が、はっきり見えたのだ。誰に伝えているのかということを再認識することができ、また、それ以降はそういう人たちの命であったり健康を守っていくのが報道の使命だと思うことができた。

阪神大震災を体験後、悔いのないように生きようと思った

 実は大橋アナは、15歳のとき阪神大震災に遭っている。3カ月続いた避難所での生活。3週間もお風呂に入れなかったり、ライフラインがまったくない原始的な生活に慣れるのに精いっぱいで、そのときは総括することはとてもできなかったという。ただ、とりあえず命は助かったのだから、悔いのないように生きようと思い、ひたすら全力で生きた。それがそのままアナウンサー生活にも続き、無理が祟ったのか脳梗塞を招いた。幸い軽度で済んだが、一歩間違えれば生死に関わる病気だ。

 「やっぱりがむしゃらに生きてきた自分はいったん締めくくって、次はこのように温かい言葉をかけてくれた社会のために何ができるんだろうかというふうに思った部分もあるんですね」

 療養することで、人生をいったんリセットすることができた。

 昨年1月には離婚と再婚を発表し私生活でも話題を呼んだ形だが、今度はテレビ東京を退社することで、再び立ち止まって人生を考える時間を持つことになった。今月15日に39歳の誕生日を迎えたばかり。アナウンサー引退を表明しているわけでもなく、ツイッターも継続するということで、果たして次はどんな方向へ踏み出して行くのか注目したい。

(文・写真:志和浩司)

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