260年続いた江戸幕府が終わりを迎えた1868年、日本の近代が始まった。明治の幕開けである。江戸は東京と改称され、後に明治憲法ができ、国会(帝国議会)が開設された。西洋列強に負けじと文明開化を謳歌した時代、各種法整備も進み、会社は大いに興った。人口増加や交通網の整備も手伝ってエネルギーの需要は急拡大し、今の電力やガス、石油業界の基礎が出来上がっていった。

【連載】エネルギー小国日本の選択

明治の幕開け、会社の勃興

1880年代の新橋・銀座周辺。電柱や電線が配置されているのが見える(提供:MeijiShowa.com/アフロ)

 明治政府が掲げた政策の一つに富国強兵がある。「国を豊かにして兵力を強大化し、国家繁栄を遂げる」といった意味で、産業の育成と軍備拡張が図られた。学校教育や徴兵制、税制とともに掲げられたのが「殖産興業」だ。

 西欧に負けじと、機械工業の導入を図り、鉄道網や金融システムを充実させ、資本主義による国家の大成を目指す経済振興、産業育成の政策だ。

 この政策の下、鉄道や造船、紡績業や製鉄業が栄えた。セメントや製紙、石炭、銀行など明治に創業し、100年以上続く長寿企業も少なくない。四字熟語ばかり多くなるが、「企業勃興」(ぼっこう)と呼ばれる現象で、明治に入り1900年頃までに次々と新興企業が生まれた。

 当然、電気の需要は高まり、エネルギー産業隆盛の嚆矢となった。

5大電力の誕生

東京・日本橋茅場町の「電燈供給発祥の地」。日本初の火力発電所の跡地である。

 「太陽や月のように明るい」。

 1882年、東京・銀座に「アーク灯」と呼ばれる電気街灯が日本で初めてお披露目された。連日多くの見物人で溢れ返り、当時の新聞は大々的に報じた。

 設置したのは東京電燈。日本最初の電力会社で、東京電力の前身企業である。東京電燈の仮事務所の前に宣伝用として設置し、PR効果は覿面(てきめん)だった。

 東京電燈という社名の通り、初期の主たる事業目的は電灯、つまり電気で明かりを灯すことだった。1886年に営業を始めた東京電燈は、翌1887年に日本初となる火力発電所を東京・日本橋茅場町に建設し、日本郵船や銀行、郵便局などに送電した。跡地は現在、ホテル「相鉄フレッサイン」となっているが、近くに「電燈供給発祥の地」として碑がある。

 創業当初は130余りの電灯供給から始まったが、5年ほどたった1892年には旺盛な需要を背景に1万に達した。照明用に限らず、1890年には東京・浅草の凌雲閣にあったエレベーターの動力として電気が送られた。日本の電力会社が初めて動力の電気を供給した歴史的出来事として語り継がれている。同年の東京―横浜間の電話開通や、最初の電車運転といった出来事も、需要拡大を後押しした。

 電力会社発足の動きは全国で見られた。東京電燈に続き、1887年には名古屋電燈、神戸電燈、京都電燈、大阪電燈が新設され、その後も各地で設立が相次いだ。