創業当初、一般家庭用に販売された練乳「森永ミルク」=「森永乳業五十年史」より(森永乳業提供)

 9月1日、ちょうど100年前の1917(大正6)年、私たちの毎日の食生活になじみ深い1社が100周年を迎えるのをご存知でしょうか。

「森永ミルクキャラメル」のための練乳供給、会社スタートのきっかけ

1923年9月1日に発生した関東大震災で行われた被災支援。森永ミルク無料提供の新聞広告(1923年9月6日、写真右)が出された。写真左は森永ミルク無料設置所(森永製菓・東京第一工場入り口)=「森永乳業五十年史」より(森永乳業提供)

 それが、ビヒダスヨーグルトや高級チョコアイスバーPARMで知られる森永乳業株式会社(本社東京、宮原道夫社長)です。一般消費者からは、グループ会社で、エンゼルマークでおなじみの森永製菓株式会社と違いがわかりにくいところですが、それもそのはず ── 。

「そもそも、森永製菓の森永ミルクキャラメルの材料である練乳を作るための会社が始まりなんですよ」。同社の冨澤俊久広報部長は説明します。

 森永乳業創業3年前の1914年、第1次世界大戦が勃発。ちょうどその年、森永製菓=1898(明治32)年創業=は、当時バラ売りだったキャラメルを、黄色い紙箱に納めたポケット用「ミルクキャラメル」を発売し、爆発的な人気を集めました。しかし大戦の影響で、当時輸入品に頼っていた原材料の練乳が不足する事態となります。

 またそのころ、日本で牛乳や乳製品を味わうのは、在留外国人や上流社会といった限られた消費者しかいませんでした。「明治からの国力増強の考えに共鳴したことも背景にあったと聞いています」(冨澤広報部長)。そうして今から100年前の1917年、脆弱だった国内酪農産業振興も目的に、日本煉乳株式会社として出発しました。

 その後間もなく1920年には森永製菓と合併するなど、同社は森永製菓と分離・合併を繰り返し、1949(昭和24)年から、現体制の森永乳業で続いています。

「母乳に近づける」を研究開発の原点に成長

赤ちゃんの健康診断のための「赤ちゃん診療車」(街頭育児相談カー)をつくり、 医師と看護師を乗せて全国を回った。人工栄養の重要性を広く理解してもらうことにつながった。写真は最初の「赤ちゃん診療車」(1937年)=「森永乳業五十年史」より(森永乳業提供)

 ミルクキャラメル用の練乳生産から始まった同社ですが、研究開発の柱となったのは育児用ミルクでした。1921年には、機械製造では国内初の粉ミルク「森永ドライミルク」を発売。「ただ当時は牛乳を粉末にして、お湯の溶けやすさを工夫したものだったようです」(同)。

 その後、赤ちゃんの健康のために、「いかに母乳に近づけるか」(同)という考えから、成分研究を重ね、母乳に多く含まれるラクトフェリン配合の育児用ミルクを世界で初めて発売(1986年)。今話題の腸内フローラに欠かせないビフィズス菌も、母乳を飲んでいる乳児の腸内環境の研究から着目し、いち早く取り入れて製品化しました。生きたビフィズス菌BB536入り「森永ビヒダスヨーグルトBB536」などにつながっていったといいます。

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