アールハインズ(左)とチャールズ・カーペンター(右)。National Archives and Records Administration

 当時のアレンジの鬼才というべきフレッチャー・ヘンダーソン(1897-1952)とのコラボレーションなども、今でいえば卑猥な笑いもおかまいなく、やんちゃな創造力が爆発し、実に刺激的だ。やんちゃといえば、最初のスキャット・ボーカルの録音を強行したのもサッチモであった。これはオノマトペのような意味のない言葉で即興的に歌うジャズ・ボーカルならではの唱法だが、これは録音中に譜面を落としたとか、忘れてしまったとか言われているけど、その録音「ヒービー・ジービーズ」を聴くと、実に堂々として、むしろ確信的なものだったと分かる。実はこうした言葉遊びは、ニューオリンズの子供たちに当たり前のことであった。

 もうひとつ、ジャズにヴィブラフォンを導入したのもサッチモである。1930年の録音で、スタジオの片隅あったこの新興の楽器をライオネル・ハンプトン(1908-2002)に無理やり弾かせたのである。ハンプトンは、その後、この楽器の第一人者になり、そして、超人気グループ、ベニー・グッドマン(1909-1986)に迎えられる。このハンプトン、そして、その前年の1935年にグッドマン・グループに参加したピアノのテディ・ウィルソン(1912-1986)とともに、白人バンドに黒人ミュージシャンが正式に参加した最初の出来事であった。ジャズの歴史は、次々と新しいページが開かれていく。

(文・青木和富)

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