オーストラリア戦で出番の無かった本田(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

歓喜の瞬間へ向けたカウントダウンが始まろうとしている埼玉スタジアムで、日本代表チームの歴史において、決して見逃すことのできない事態が刻まれていた。

 日本代表が6大会連続6度目のワールドカップ出場を決めた、8月31日のオーストラリア代表とのアジア最終予選第9戦。2‐0で迎えた後半44分に、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は最後となる3枚目の交代のカードを切っている。

 前半41分に先制点をあげた殊勲のヒーロー、FW浅野拓磨(シュツットガルト)に代わって投入されたのはFW久保裕也(ヘント)。先発から外れていたMF本田圭佑(パチューカ)とMF香川真司(ドルトムント)が、ともにピッチに立てないことが確定した瞬間だった。

 日本代表の公式戦をさかのぼっていくと、本田と香川が90分間を通してプレーしなかった一戦はアルベルト・ザッケローニ監督に率いられていた2011年11月15日、敵地・平壌で行われた北朝鮮とのワールドカップ・アジア2次予選にまでさかのぼる。

 もっとも、当時の本田は右ひざ半月板損傷で手術を受けて、長期の戦線離脱を強いられていた。そろってプレーが可能な状態でいながらベンチウォーマーに甘んじたのは、2人が日本代表をけん引し始めたザックジャパン以降では初めてとなる。

「今日はオレじゃないから」

 選手たちが笑顔を輝かせ、言葉を弾ませていたオーストラリア戦後の取材エリア。短い言葉を残しただけで通りすぎた本田は一夜明けた9月1日、さいたま市内での練習を終えた後に偽らざる本音を明かした。

「(オーストラリア戦の)一番の収穫は、僕と(香川)真司が出なくても勝てたということ。当然ながら、僕と真司はそこに危機感を覚えるわけですよ。統計的に見ても僕と真司が出なければ、いままでだとよくない試合が多かったというか、勝てない試合が多かった。
 でも、実際に勝ってしまったので、僕らは必要なくなるんじゃないか、ということも言われる。でも、それはいいことやと思っています。それが次につながるし、僕らとしてはコンディションをあげていかなきゃいけない。いい材料としては若手が活躍したこと。それに尽きるのかなと」

 大迫勇也(ケルン)が台頭したあおりを受ける形で、国際Aマッチで歴代3位となる50ゴールをマークしている岡崎慎司(レスター・シティー)も、ワントップのファーストチョイスではなくなった。オーストラリア戦では後半41分から、大迫に代わって出場していた。

 果たして、歴史に名前を刻んできた3人は本田が危惧した通りに、このまま世代交代の波に飲み込まれてしまうのか。ハリルジャパンで居場所を失ったまま、来年6月に開幕するロシア大会まで生き残ることはできないのか。答えはノーと言っていい。

 今回はあくまでも4バックから3バックにシフトして中盤を厚くし、ロングボール戦法からポゼッションサッカーを志向するオーストラリアの、ストロングポイントを消し去るための選手起用だった。

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