表:阪神・鳥谷敬の年度別成績

阪神の鳥谷敬(36)が8日、甲子園で行われた横浜DeNA戦で通算2000本安打を達成した。あと1本と王手をかけて迎えた地元甲子園の一戦に「6番・三塁」で出場した鳥谷は2回一死一塁で、横浜DeNAの先発、井納翔一から右中間を破るタイムリー二塁打を放った。NPB史上、50人目の快挙。今季は、中日・荒木雅博、巨人の阿部慎之助に次ぐ3人目だが、阪神の生え抜き選手としては藤田平氏が1983年5月3日の巨人戦で達成して以来、34年ぶり2人目。阪神の選手の甲子園での偉業達成は史上初となった(他球団選手でも王貞治氏と若松勉氏の2人だけ)。また歴代単独2位の連続試合出場記録も、1877試合となり継続中だ(1位は元広島・衣笠祥雄氏の2215試合)。

 綺麗に決めた。先の広島3連戦で5安打と量産してきた鳥谷は、王手をかけて迎えた、その第1打席。2点を追う2回一死一塁の場面で、カウント2-0から右中間を綺麗に破るタイムリー二塁打で記念すべき1本を決めた。プロ14年目にしての偉業達成の瞬間だった。早大の後輩である横浜DeNAの田中、チームキャプテンである福留から二塁ベース上で花束をもらった鳥谷は甲子園の大歓声に笑顔で応えた。

「打ったのはフォーク。いつもと変わらず次へつなぐ気持ちで打席に入った。歓声がすごかったですね。ファンの方の歓声が後押ししてくれました」

 鳥谷は、埼玉の聖望学園高校で甲子園に出場して早大に進学。2年春で3冠王、4年秋に2度目の首位打者を獲得、現在、メッツの青木宣親と共に強力打線を形成、1学年上にはソフトバンクの和田毅がいて、リーグ戦4連覇を果たし、2003年に自由獲得枠で阪神に入団した。

 当時の岡田彰布監督は、鳥谷を2004年4月2日の巨人との開幕戦から「7番・ショート」でスタメン起用して、その開幕戦で鳥谷は、プロ初打席で、現在カブスの上原浩治に空振り三振に倒れたが、8回表に前田幸長からレフト前へプロ初ヒットを流し打った。
 夏場から現コーチの藤本敦士を押しのけてレギュラーポジションをモノにして、2年目には藤本の二塁コンバートも手伝って全試合にショートでスタメン出場した。

 数年は、タイトルに無縁だったが、2011年に最高出塁率を獲得、選球眼が鋭く2011年から3年連続で最多四球を選んでいる。ベストナインが6回、 ゴールデングラブ賞が4回 、2013年のWBCでは侍ジャパンに選ばれ絶対絶命の台湾戦で盗塁を決めた。
 2014年オフには、海外FA権を行使してメジャー移籍に挑んだが、交渉が成立せずに阪神と2019年までの5年の長期契約を結んだ。

 阪神では不動のショートだったが、金本監督が就任した昨年は不慣れな打順や、打撃改造に失敗したことで不調に陥り、7月24日の広島戦でついに5年振りにスタメンを外れた。連続フルイニング出場記録は、667試合で途切れた。今年は沖縄キャンプで北條史也とショートのポジションを争ったが、金本監督は北條を選び、オープン戦に入ってから三塁へコンバート。シーズン当初はミスが目立ったが、徐々に適応した。
 5月24日の巨人戦で吉川光夫の死球を顔面に受けて鼻骨を骨折したが、不屈の闘志で、翌日から“バットマン”のようなフェイスガードを着用して連続試合出場を続けている。

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